表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 癒されます(最新号 令和8年4月)
まだ夫婦とも元気なころ、利尻、礼文に旅行したことがあります。花の綺麗な島々でした。帰りの日の朝、旅館の窓から外を眺めると、近くの小高い丘に登っていく人々が見えました。
なにかあるのかと、私たち二人も頂上を目指しました。半分ぐらい上ったところで、中年の女性の4,5人連れに追い越されました。頂上からの景色は大したことはありませんでしたが、少し滞在して宿に戻りました。すると先ほどの女性たちが、もう荷物を持って旅館の会計をしていました。
思わず「おばさんたちは素早いですね」と、声をかけると、神経に触ったらしく「どこにおばさんがいるの」と、睨まれました。私は親しみと冗談をこめて、おばさんといったつもりでしたが、失敗でした。
最近はハラスメントといいうことがやかましく、昭和のジジイには住みにくい世になりました。これではいけないと、何がハラスメントになるかと調べると、一覧表がありました。「おばさん」はだめだとちゃんと載っていました。
アホ、バカ、ボケなどを使っていけないのはわかります。ジジイ、ババアも駄目でしょう。しかし、おばさんは境界線上に思えます。前には普通に使っていたように記憶していますが、今では相手を不快にさせる言葉になっているようです。
一覧表によれば、他人を傷つけたり不快にさせる言葉は単語だけではありません。「瘦せたね」「太ったね」などというのも要注意です。痩せたり太ったりして、悩んでいる可能性があります。病気の心配をしているかもしれません。
年寄りが気を付けなければいけないのに、「結婚はまだ?」「子供はまだ?」があります。注意していても、つい聞いてしまいます。聞くほうは、軽い気持ちで聞いていても、聞かれるほうはそれぞれ事情があるからでしょう。
困るのは、失言を気にしすぎると、話が進まなくなることです。私のように、隠居して話題が少なくなった人間には、特につらい面があります。
畑で働いていると、色々声をかけられます。たいていは何を育てているかという質問が多いのですが、育て方を聞かれるときもあります。中には、育て方を講釈してくれる人もいます。役に立ったことはありません。そういう時、相手を傷つけないように答えるのはなかなか難しいものがあります。
土いじりをするものにとって、犬の糞尿は天敵です。犬を植込みに入れる人を見かけると、つい声を荒げてしまいます。たいていは不注意で犬が入ってしまうのですが、なかには人がいないとその中でフンをさせる人がいます。草を抜いたり、花柄を摘んでいると、思わず触ってしまう時があります。
先日草むしりをしていると、いかにも風体の悪い夫婦ものが、犬を連れて、パンジーの植込みのわきにしゃがみこんでいました。警戒しながらそばに行くと、「きれいですね」と声をかけられました。
私が「いや、もう年を取って、手入れが生き届かなくて」と、いつもの答えをすると、「そうですか、いつもここを通ると、心を癒されます」と言って去りました。近頃はやりの言い回しなのでしょうが、なんだか私の心も癒されました。
石川恒彦