表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 春の花(最新号 令和7年4月)
我が家の30mほど先に古いソメイヨシノの木があります。終戦直後まで呑川はもっと曲がっていて川堤は桜の並木になっていました。戦後の河川改修で川筋が変わり、多くの桜の木は伐採されてしまいました。
何本かは残りましたが、自動車交通の邪魔になったり、枯れたりして、それらも無くなってしまいました。
一本だけ、川が後退して宅地が広がった屋敷跡に残されているのがこの桜です。私の子供の頃にはもう立派な成木でしたから、どう見積もっても、優に樹齢百年は越えています。
春は、朝、窓を開けるのが楽しみです。暖かい日が続くと、この樹は下のほうの枝から花を咲かせ始めます。毎日、毎日、花が上のほうに広がっていきます。
天気のいい日には朝二分咲きと思っていたのが夕方には三分咲きになっています。五分咲きぐらいになると、通りがかりの人の注目を集め、立ち止まって写真を撮る人も出てきます。桜の老木は、幹に何とも言えない風情が出てきて、絵や写真でも、花より幹が主役に見えるものがあります。
文旦(ぶんたん)が友人から送られてきたので、礼状を書いて、池上小学校の前にあるポストに出しに行きました。ポストにはがきを入れて振り返ると、白い花を綿あめのようにぎっしりとつけた大きな樹がありました。コブシでした。
帰り道で考えました。春の花というとどうしても桜、それもソメイヨシノばかりが注目されるけど、きれいな花はほかにもあるな、と。
春を告げるのは、東京では、スモモではないでしょうか。白い小さな花がすべての枝に一杯に咲く姿は何とも言えません。そよ風が吹いてもあまり揺れず静かな感じがします。私の庭には一本しかありませんが、群生したら天国にいる気持ちになりそうです。
ソメイヨシノの前後に咲く花はいろいろあります。
コブシやモクレンのマグノリア属、ハナミズキの仲間、まんさく、桃。低木なら、ぼけ、つつじ、れんぎょう。それでもソメイヨシノが春の花の代表なのは、ちょうど暖かくなる時に咲く、あの華やかさなのでしょう。私も、机と椅子を出して、あの老木を見ながら、弁当を食べるのを楽しみにしています。
それでありながら、どこに行ってもソメイヨシノばかりなのには不満を感じています。桜は品種の多い花木で、2月から5月の終わりまで、色々の桜を見ることが出来ます。例外的には、秋に咲く桜もあります。どうも明治以来の流行で、ソメイヨシノが全国的に植えられているようです。
流行と言えば、最近、河津桜をよく見かけるようになりました。伊豆の河津で発見された早咲きで、河津川沿いの並木は、根元に菜の花が咲いて、とても見事です。私の寺の駐車場にも、信者の方が自分で接ぎ木して育て、植えてくれた河津桜が数本あり、道行く人の目を楽しませています。しかし、どこでも河津桜が見られるようになっては、興ざめではないかとも感じます。
ソメイヨシノに限らず、色んな花が、あちこちで個性を発揮する、そういう日本の春が素敵ではないでしょうか。
石川恒彦