表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > ゆっくり、はっきり(平成30年11月)
難聴が進み、数年前から補聴器をつけています。はじめのやつは、海外旅行中に落としてしまいました。雑踏の中で、眼鏡をかけなおした時に、耳掛け型の補聴器を落としてしまったようです。その時は、すこし酒に酔っていたので気がつきませんでした。あとから考えて、あの時、眼鏡がうまく外れなかったなと思いだしました。
そこで、次の補聴器は、耳穴型にしました。これは、優れていて、耳の穴の型をとって、自分の耳にぴったりの補聴器を作ってくれます。激しく動いてもほとんど落ちる心配はいりません。
機械はいいのですが、音に問題があります。いくら調整しても、聞こえない音があるのです。一番困るのは、電子音が聞こえにくいことです。
ポケットにはいった携帯電話の着信音が聞こえません。一緒に歩いている人から、電話がかかっていますよ、と言われたことは、一度や二度ではありません。着信音を音楽に替えましたが、あまり効果がありません。
目覚まし時計も駄目です。年寄ですから、たいてい目覚ましの音より先に目覚めます。どうかして、うんと早めに目が覚めた時、もう少し寝ようとします。寝てしまうと、目覚ましの音が聞こえません。どうして、今の目覚ましは、どれも電子音なのでしょう。むかしのような、隣の部屋の人を起こしてしまう機械音の目覚ましはないのでしょうか。
人の声も早口だとよくわらない時があります。耳鼻科医に相談したら、年をとれば、耳が悪くなるだけではなく、音を分析する脳も衰えてきて、音は聞こえても意味を取るのが遅くなるのだそうです。補聴器をつけても、よく聞こえないと苦情を言う人の多くがそれだといいます。納得しました。ゆっくりはっきり話してくれるとよく聞こえます。その点NHKのアナウンサーの声はよくわかります。ニュースを読んでも、相撲を中継してもよくわかります。しかし、彼らが自分たちの言葉で話すとよく聞き取れない時があります。会話の時の発音は、ニュースの時の発音とだいぶ違うようです。
その点、舞台芸人の言葉は違います。マイクを相手にしゃべっているアナウンサーと、生身の人間と接している舞台人とは違うのでしょう。舞台から冗談を言って、観客が誰も笑ってくれなければ、彼は失業です。放送室の中で冗談を言っても、笑ってくれる人はいません。うまい冗談を言ったと自己満足しているのでしょう。その差だと思います。
視る・聴く・嗅ぐ・味わう・触れる。年を取ると五感が衰えてきます。人それぞれ、衰え方が違います。どの感覚が衰えても人生大変です。火事があると、よく老人が犠牲になります。たぶん臭覚が衰えていて、火事の始まりのきな臭さに気がつかず、逃げ遅れた例も多いのではと思います。
五感に障害のある人と接するのが面倒に思う人も多いのではないでしょうか。しかし、ちょっとした気遣いが世界を広げます。
難聴の人との会話のコツは、ゆっくり、はっきりです。難聴は、年寄りだけではありません。もし難聴の人だと気がついたら、ゆっくり、はっきり話してください。
石川恒彦