表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 子宮から墓場まで(令和5年6月)
人類はアフリカで誕生したといわれます。そこから何代もかけ、信じられない年月をかけて、地球の隅々まで広がりました。それが、現代では、地球のどこに行くのもほぼ一日で行けるようになりました。科学技術のおかげです。太古の人に比べれば、人々は健康になり、便利な生活を送っています。人間の欲望には限りがありません。便利になればなるほど、また新しい困難が生まれ、それをまた便利にしようとします。人間と自然の関係をどこまでも人間の都合のいいようにしようとしています。
それだけではありません。最近では人間と人間の関係にも技術が介入しようとしています。文字のない時代には人と人は、顔を合わせなければ会話できませんでした。文字ができて、遠くの人にも通信できるようになり、必要なことが記録されるようにもなりました。電話は画期的でした。対面しなくても会話ができるのです。そしてインターネットです。世界の誰とでも文字で、あるいは音声と映像で通信できるようになりました。
それに伴い、生身の人間が直接対話するのが苦手になってきたようです。基本的な人間関係である、男女の交流にもしり込みする人が増えてきました。それを解決しようと、電子的に男女の仲を持つ企業が生まれました。それでもダメな人には、機械が相手を務めてくれようとしています。世界中の起業家が、性に特化した完璧な男女の人形をつくろうとしのぎを削っています。
洗濯機や掃除機の発達は、女性を家事労働から解放し、女性の社会進出をもたらしました。そして、仕事の追及で、男女の能力に差がないことを証明しつつあります。障害となるのは、妊娠です。人生で最も仕事に集中できるときが、最も妊娠に適した時期です。それにも技術は答えようとしています。人工子宮です。希望する男女の生殖細胞を人工子宮に入れて子供を作ろうというのです。さらに、子育ても大変だとなれば、ロボットが働く施設で、生まれた子供は育てられることになるでしょう。
それでも、生きた人間同士の性を楽しみたいという人は多いでしょう。そういう人が妊娠を望まなければ、楽しんだ後は、受胎を防ぐ薬をのみます。これは、すでに技術が確立しているそうです。
寿命はどんどん延びています。現在回復の希望が持てないといわれている難病もやがては治療法が見つかるでしょう。永遠の命も夢ではないかもしれません。永遠の生命に飽きた人は、苦しまずに死ねる装置もできることでしょう。
自分の体、自分の命をどうするかは、子宮から墓場まで、自分で決める権利があるし、それを実現するための技術も期待できるというのが、生まれつつある考えに見えます。皮肉なことに生まれてくる子供は、それを自分で決めたのではありません。
それは幸せな人生でしょうか。痛みも苦しみもない一生です。たしかに男女の不平等や、貧富の格差があります。それを全て科学技術で解決しようという考えにはどうもなじめません。もっと社会的に解決する道を探っていくのが本筋で、その努力こそが人生を豊かにすると信じています。
石川恒彦