表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > テレビの音(最新号 令和7年11月)
近頃、テレビの音が騒がしくなったと思いませんか。現在の主流は、何人かの芸人が椅子に座り、話題をめぐり、色々語り合う番組のように見受けられます。話題について誰かが発言すると、たいして面白くもないのに、出演者たちは、大げさに笑います。大した発言でもないのに、大げさに歓声を上げます。うるさくてたまりません。
近所の一人暮らしの婦人は、一日中テレビをつけていました。テレビの前に座るのはごくたまで、何か仕事をしているときに、テレビの音が聞こえていると、寂しさがまぎれるのだといっていました。昨今のテレビでは、まぎれるどころか、落ち着かなくなるのではないでしょうか。
年を取ると過度の刺激は苦手になります。私の妻は、テレビ好きでした。忙しい毎日でしたから、ほっと一息のテレビは何よりのご馳走だったようです。初めは何でも見ていましたが、やがて、「鶴瓶の家族に乾杯」、「こんなところに日本人」、「ぽつんと一軒家」などがお気に入りになりました。旅行好きということもありましたが、大げさに騒がないのがいいようでした。
そのうち車椅子生活になり、「鶴瓶」も「ぽつん」も選考から外れました。みんなで番組表を見て、気に入りそうな番組をつけるのですが、どれも気に入らないようでした。一計を案じストリーミングの契約をしました。幸い「グッドドクター」という精神疾患のある若い医者の物語が気に入ってかなりの期間見ていました。それが終わると今度は「ドクターハウス」をつけましたが、あまり気に入りません。
妻は料理好きでしたので、料理番組を探してみました。いろいろ試しましたが、たいてい一回で嫌になりました。「美味しんぼ」は少しの間見ていましたが、間もなく飽きてしまいました。次は、「孤独のグルメ」でした。これは当たりでした。もう一年以上になるでしょうか、何度も見ながら居眠りをたり、時には寝入ってしまいます。
彼女の興味の変遷を見ると、鍵は騒音のように見えます。元気なころ、一緒に映画を見に行っても西部劇や、探偵もの、戦争ものは見ませんでした。拳銃や大砲の音が好きでないからです。そこに行くと鶴瓶さんは低い声で静かに話します。それが嫌いになったのは、ゲストの俳優が素っ頓狂な声を出すからのようでした。最終的に「孤独のグルメ」に行きついたのは主演の松重さんのごく自然な語りにあるように感じます。年を取るに従いうるさい番組はいやになってきたのです。かくいう私も同様です。
テレビ各局は、激しい視聴率競争にさらされています。そこで、ことさらに刺激的な画面を作ろうとしています。野球やサッカーの中継で「ホームラン」とか「ゴール」と叫びます。普段は静かに原稿を読んでいるアナウンサーが現場の中継に入ると急に高い声になります。芸人の集まりがわざとらしい笑いや声を出すのも同類です。逆効果ではないでしょうか。
今どきの若いもんは、テレビの画面よりスマホの画面を多く見ています。テレビの前にじっくり座るのは年寄です。彼らは刺激を求めているわけではありません。暇つぶしに社会とのつながりを求めているだけです。年寄りを甘く見ないほうがいいと思います。
石川恒彦