表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 情状(最新号 令和8年2月)
安倍元首相を暗殺した山上徹也に判決が出ました。彼の悲惨な生い立ちを聞いて、これはかなりの情状酌量があるなと思っていたのに、無期懲役とは驚きました。判決は、被告の生い立ちには十分同情するが、それが元首相を殺す理由にはならないとしました。たしかに、山上と同じような境遇にある人はたくさんいます。彼らは犯罪を犯していません。しかし、教団の理不尽に打ちのめされ、孤立無援と感じていた被告が、長期政権を担う首相がその教団をたたえるビデオメッセージを送っていたことが、被告の殺人の動機となっていたとは容易に理解できます。
私は戦争を含めすべての殺人に反対する立場です。有力な政治家を背後から撃って殺すなど、以ての外の行為です。だからと言って、目には目をとばかり、厳罰を下すのにも違和感を覚えます。もう少しこの被告に同情があってもよかったのではないかと考えました。
山上徹也による殺人は、おそらく彼が考えていなかった波紋を呼びました。霊感商法で知られる教団が胡散臭いことは周知のことでしたが、誰もそれに対処しようとはしませんでした。行政も、報道も、政治家も知って目をつぶっているようでした。特に政治家などは、少なくない教団の票を頼ってすり寄る始末でした。元首相のビデオメッセージがそれを象徴しています。
それが怪我の功名とでもいうのでしょうか、この殺人事件の後、俄かに教団批判が沸き起こり、メディアは連日教団への疑問を報道し、政治家は自らを教団から遠ざけようとし、政府は、とうとう、教団の宗教法人格を否定しようということにまでなりました。犯人は意外な展開に満足し、終身刑を抵抗なく受け入れているのかもしれません。
山上徹也は英雄ではありません。もし彼を自分を捨てて不正を暴いた英雄だとたたえる向きがあれば、はなはだ危険です。模倣犯を生みます。
世の中には少なからぬ胡散臭い人もいれば、怪しい組織もあります。彼らはぎりぎり法の支配から逃れています。彼らに恨みを抱く人、正義に駆られた人が、山上と同じ行動をとれば世の中は混乱します。全くの誤解から行動を起こす人も出るでしょう。
第二の山上を出さないためには、私たちはもっと不正義に敏感にならねばならないと感じます。前記のように、判決は、殺人事件を起こさなくても、もっとほかの方法があったはずだと決めつけました。どんな方法があったのでしょう。彼の苦しみを聞いて不正義を知り、彼に共感し、行動し、道を示してくれる人がいなかったからこそ、彼は絶望の淵に落ちざるを得なかったのでしょう。
私は山上に同情しすぎているのかもしれません。たしかに、正義は我の手にありと、法を越えて行動することは許されません。それでも彼の無期懲役はやむを得なかったと思うかたわら、情状酌量があってもよかったのではないかとも思うのです。
要は私たちです。問題のある教団の存在を許したのも、それに対する不正義を生んだのも、この社会が不正義に鈍感だったからではないでしょうか。情状酌量はありません。
石川恒彦