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隠居からの手紙

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葬式

  私の師匠、田中日淳が亡くなりました。大変盛大な葬儀が営まれました。日蓮宗の名のある坊さんはほとんど集まり、宗外の僧侶も多数会葬されました。檀信徒の方、あるいは師が生涯の間に知り合いになった方々も、新聞の死亡記事を読んで大勢駆けつけてくださいました。


  儀式をつかさどる僧侶も、それを支える裏方の僧侶や葬儀屋も、田中聖人のためだと、大変一生懸命にやってくださいましたので、葬儀は荘重で厳粛なものとなりました。35度を超える猛暑の中での式でしたが、式中は、暑さを感じさせませんでした。


  告別式が終わり、バスで火葬場に行く途中、ふと、疑問がわきました。一糸乱れぬ素晴らしい式だったが、欠けているものがあるのではないか、式の進行が優先されて、第一番に来るべき、遺族や、会葬者の故聖人を悼む心がないがしろにされていたのではないかと疑いました。遺族の意思に関係なく式は進行していきました。


  翻ってみると、私自身が葬儀を督する時、同様の態度をとっているように思えます。先師から伝わる儀式を間違いなく勤めるのが第一と考えてきました。遺族を慰める時間はごく限られていて、僧侶は儀式、葬家は接待に専念するのが普通です。相談されるのは、焼香の仕方や順番、これからの予定などに限られます。


   さて、葬儀が終わっても、いろいろの仕事が待っていました。お世話になった人には、あいさつに出向かなければなりません。香典を送ってきた方には手紙を出します。会葬者名簿の整理も大変です。


  こういう葬儀は、これから僧侶の世界だけで営まれるようになるのかもしれません。すでに社葬はずいぶん地味になったか、全く行われなくなりました。村や町で行われてきた、近隣総出での葬儀も見かけなくなりました。


  かわって流行っているのが、直葬です。病院で亡くなると、まっすぐ遺体を火葬場に運び、ごく内輪の人だけで、近隣や僧侶の助けなく、火葬をして墓に埋骨します。葬儀に伴うもろもろの煩わしさを捨てて、最低限の義務を果たして、死者と別れようというのでしょう。


    初七日が来て、花と線香をもって墓に参りました。その時、故聖人の死を受け入れ、克服している自分に気付いたのです。故聖人がいないということが、自然と日常の風景になっていました。


    この馬鹿に忙しい一週間は、無駄ではなかったと思えました。悲しむ心を抑えて、故人への義務を懸命に果たしている気持ち、中には本当にばかばかしい因習もありました、それが親しいものの死を受け入れる力となったように思えました。これは、決して仏教ではありません。日本の村や町で発展した知恵だと思います。


   直葬を選んだ方から、四十九日や一周忌の法要の依頼を受けることがあります。死は簡単には割り切れないということなのでしょう。


石川恒彦

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