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隠居からの手紙

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ガラスの家

 「ガラスの家」を読み終わりました。22年かかりました。正確に言うと、インドネシアの作家、プラムディヤ・アナンタ・トゥールによる、ブル島四部作と呼ばれる長編小説を読了しました。その第一部「人間の大地・上」が押川典昭の訳で出版されたのが1986年1月、私はそれを出版まもなく読みました。それから「人間の大地・下」、「すべての民族の子」、「足跡」とつづき、最後の「ガラスの家」が2007年8月に発売され、それを今年になって読み終わりましたので、22年かかったことになります。

ブル島四部作というのは、他人がつけた名前のようで、作者は特に名前をつけなかったようです。四部を通じての主人公はミンケですので、「ミンケ物語」が自然の名前に思えます。

22年もかかっていますから、初めのほうというより、第三部までの物語の、細部はすっかり忘れてしまい、概略もあやふやになっています。それでも一文を書こうというのは、この優れた文学を、多くの人に知っていただきたいと思うからです。

物語の主題は「植民地における近代との格闘」です。近代は、それまで人類が知っていた社会をすっかり変えてしまいました。産業革命、物質文明、科学技術、民主主義、等々。しかも近代は日々に進歩しました。誰にとっても、ついていくだけで大変な時代でした。

植民地においては、近代はさらに過酷でした。西洋における近代の出現は、植民地の犠牲の上に成り立っていました。植民地の犠牲の上に近代の発展を遂げた宗主国に対し、植民地は前近代のままにおかれました。西洋がアジアに進出したとき、その文明の質に差があったとしても、その文明を進んでいる、遅れている、と決め付けるわけには行きませんでした。むしろ、西洋の東洋への進出は、東方の文明にあこがれて、という面もありました。植民地の経営が長くなるにつれて、その差が広がり、「遅れたアジア」のイメージが出来上がりました。
その遅れた原住民を教育することは二つの面から必要でした。ひとつは統治の必要上、もうひとつは近代の理想に答えるため。しかし教育は近代に覚醒した人間を生み出しました。

時代が20世紀に入ろうとするころのオランダ領東インド、ミンケはジャワ貴族の子供として生まれ、優れた資質から、例外的に高等教育を受ける機会に恵まれました。医学校に進みましたが、恋愛事件により、中退。やがて文筆によって身を立てるうち、植民地の現実に目覚め、インドネシア(オランダ領東インド)の住民のために運動を起こします。イスラム同盟を設立して、大成功を収めるかに見えたとき、植民地政府のわなにかかり、流刑されます。刑期を終えてミンケは首都に戻りますが、政府の徹底した嫌がらせにより、悲劇的な挫折にあいます。植民地において最初に近代に覚醒した世代の悲劇です。

植民地はどこも複雑な階層社会を作りました。オランダ領東インドも例に漏れません。オランダ人、白人、混血児、中国人やアラブ人、原住民。原住民はまた貴族を筆頭に階層社会を作り、ジャワ人、メナド人、マドゥラ人などと分かれていました。

「ミンケ物語」は植民地のすべての階層、人種が複雑に絡み合って進展します。作者はすべての人物に公平で、オランダ人だから全てだめ、ジャワ人だから全てよしとはしません。ミンケも人並みはずれた才能を持つとしても、また多くの欠点を持っています。その欠点が、物語の進行に緊張を与えます。
作者の女性へのまなざしの暖かさは、またこの長編の特徴です。オランダ人のめかけとなったジャワ女性、性病に罹った日本人娼婦、気の強いジャワ貴族の娘、盲目的に主人に忠誠を尽くす女中。開明的な女性にも、伝統的な女性にも、同じく敬愛の目を注ぎます。

ただ面白い小説を読みたいとい

う読者にも、アジアのことをもう少し知りたいという読者にも、お薦めの一編です。20数年をかけて翻訳した押川の訳は、この小説は日本語で書かれたといっても信用するほどのできばえです。

平成20月4月
石川恒彦

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