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隠居からの手紙

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コンピューターの難しさの一つは、用語の難しさにあるように思えます。理解できればああそうかと思うことも、一つの単語がわからないばかりに苦労することがあります。

  先日、携帯電話を買い換えました。勧められて、付いているデジタルカメラの良いものを買いました。早速、写真を撮って、保存しようとしたら、「サムネイルを保存しますか?」という質問が画面に出ました。サムネイルなんて聞いたこともないので、すっかり慌ててしまいました。「知らないおじさんにイエスといってはいけない」という教訓に従い、「NO」と入力して家に帰りました。

  携帯電話のマニュアルを読んでも、サムネイルということばは出てきますが、サムネイルが何かは書いてありません。おそらくコンピューターに習熟している人には普通のことばなのでしょう。よくよく調べると、サムネイルとは、検索用に情報を省略した小さな写真のことでした。英語ではthumbnailと綴ります。親指の爪のことです。つまり、親指の爪のように小さな略図と言うことで、昔からあることばのようです。

  単語が一つわからなくても話の通じないことがあります。ましてや、微妙な言い回しや、複雑な文章では、誤解がつきものです。そもそも言語はこの世のことを正しく記述できる のでしょうか。仏教はそれを疑います。言語は森羅万象を分析して記述します。しかし、いくら世界を分析しても真実に達することは出来ないというのが、仏教の立場です。私たちがこの世を分析的でなく、ことばを超えて、総合的にとらえる時に悟りがあると教えています。ことばはあくまで補助的なものです。

  私たち凡夫は、この世界を、言語というサムネイルで理解しているのにすぎないのかも知れません。

平成16年10月
石川恒彦

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