表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 菜園とおしゃべり(平成30年10月)
私は、どうもおしゃべりが苦手です。とくに初対面の人とは何を言っていいのかわかりません。毎朝、自宅から妙見堂まで、妻と15分ほど歩いていきますが、ほとんど口をきくことはありません。ところが出会う人々を見ると、たいてい何かを話しながら歩いています。
一年ほど前まで、妙見堂の脇で、おしゃべりを続けている二人連れのおばあさん(私より若そう)がいましたが、急に見えなくなりました。どちらかに何かあったのかと、いらぬ心配になりました。
そのあと、べつの二人連れの女性が、妙見堂にお参りしてから、池上会館のラジオ体操に行くようになりました。よくしゃべります。妙見堂の坂の上で立ち止まってるときに、「よくしゃべりますね」と声をかけました。二人は笑っていましたが、あくる日から、お堂の前を通らなくなりました。悪いことを言ったのかと心配になりました。
それが最近戻ってきました。それも四人連れになっています。前より一段と話が弾むようですが、安心しました。
今年の春から、お寺の新しい駐車場の片隅に菜園をつくりました。15m2に満たない小さな菜園ですが、日当たりは抜群です。折よく娘夫婦が泊まりに来たので、婿に固い土を掘り返し、瓦礫を除いてもらいました。午前中、三日ぐらいかかりました。
園芸入門書を読んで、畑を四つに分けて、輪作することにしました。まず春には、トマト、キュウリ、スナックエンドウ、空心菜、秋には、小松菜、ホウレンソウ、人参、ネギと計画しました。読むは易し、行うは難し。思っていたより大変でした。畑を4つに分けて耕し、肥料をいれて畝を作り、タネを蒔いたり苗を植えたり。草むしりをして、支柱を立てて、枝を誘導、そして脇芽を欠きます。
畑は通りに面していますので、よく声をかけられます。作業に夢中になっているとつい返事がおろそかになります。それを見ていた会社員の息子が、「駄目だよ、愛想がなさすぎる。相手が傷つくよ。お父さんの評判が悪くなるよ」と。
もっともです。私には相手は、大勢の中の一人です。でも、相手にとっては、一対一なのです。心を入れ替えて、努めて返事をして、質問にも答えるようにしました。
疲れました。作業が進みません。皆さん好奇心旺盛です。私の顔は笑っていますが、心はいつ話を切り上げて作業に戻れるかイライラしています。すこし愛想の程度を下げることにしました。
一週間ほど前、畑を耕していると、「おはよう」という声が聞こえます。だれか子供が友達と会ったのでしょう。そう思っているとまた、一段と大きな声で、「おはよう」といいます。どうやら私を呼んでいるようです。振り返ると、知らない女の子がニコニコしています。帽子をかぶり、カバンと水筒を肩にかけています。お母さんも笑っています。「あ、おはよう」と返事をすると、満足気です。何か一言いいたかったのですが、とっさにうまい言葉が出ませんでした。
次に彼女が通るのを待っています。
石川恒彦