表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 囲碁と人工頭脳(平成29年7月)
月に一度、友人の開く碁会に出かけるのを楽しみにしています。ずいぶん長く碁をやっていますが、一向に上達しません。それに、どうしたことか近くに碁をやる人がいなくなったので、ますます上達の機会が無くなりました。インターネットで世界中の知らない人と対局ができますが、どうもなじめません。やはり目の前に相手がいるほうが、勝っても負けても楽しい気がします。
ほんの数年前までは、チェスや将棋と違い、人工頭脳が、囲碁で、人間に勝つようになるのは、ずっと先のことだと思われていました。囲碁はあまりに複雑で、すべての手をコンピューターが読むのは不可能に近いと考えられていました。それが、最近、現在世界で一番強いと考えられている中国の棋士をあっさり破ってしまいました。
強さの秘密は、ものすごい記憶力と計算力です。はじめ開発者は、コンピューターにルールと定石手順と手筋を教えました。それに従い、次の最善手を計算させようとしたのですが、それでは限界のあることがわかりました。部分の善悪は判断できても、全体の善悪は判断できないのです。そこでコンピューターに自分で考える力を与えました。何万とある過去の棋譜を記憶させ、その記憶をもとに最善の手を選べるようにしたのです。
人間の棋士も、昔の名手や現代の好勝負を研究して腕を上げます。しかし、記憶力と計算力で機械に負けます。人間が勝てる希望が無くなりました。これからは、機械同士で勝負して新しい手を見つけていくことになります。人間同士でやれば何時間もかかる勝負を、ほんの数秒でやってしまいます。人工頭脳に蓄積される知識は途方もないものになるでしょう。
人類は自分より力のあるものを作り出しては、それと競争し、やがて敗北を認めて、共存の道を選んできました。子供のころ見た映画で、記憶に残っている場面があります。アメリカ横断鉄道ができたころの西部で、主人公の友人である駅馬車の御者が汽車に反感を持っています。主人公が汽車に乗り、窓の外を見ると、駅馬車が懸命に汽車を抜こうとしています。あの御者です。汽車が加速すると馬車は後ろに置いて行かれました。
汽車と馬車が競争できないように、人間と機械も競争できません。スポーツカーと人間の駆けっこなんて、やっても見ても面白くありません。同様に人間と人工頭脳との勝負も面白くありません。知能にも肉体にも限界がある人間同士が、その限界を越えようと全力で勝負する人間の姿に私たちは感動を受けるのです。
見るだけではありません。運動会で25mを一生懸命走る子供も、私のようなザル碁を争う人間も、何とも言えない緊張感を楽しむのです。
連勝記録で話題の少年、将棋の藤井四段は面白い人工頭脳の使い方をしているようです。勝負が終わった後、家に帰り、将棋ソフトを立ち上げて、その日の勝負でわからなかった局面の最善手をソフトに教えてもらっているといいます。コンピューターソフトをうまく使えない年長の棋士にはできない芸当でしょう。
これからも生身の人間の勝負はなくならないでしょう。その時機械の助けを上手に使える人が勝者となるような気がします。
石川恒彦