表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 道に迷う(平成28年5月)
とうとうシベリア鉄道の旅を始めました。ウラジオストック、ウランウデ、イルクーツクと、沿線の街を見物して、今はモスクワに向かう車中です。
まったく言葉の通じない土地を旅するのは初めてです。ロシアも最近は英語教育に力を入れているということですが、町ではほとんど通じません。同じ汽車にオーストラリア人の親子が乗っていますが、日本は英語が通じてよかったというのですから、推して知るべしでしょう。ホテルのフロントでも、館内のことはなんとか通じますが、外のことはあやふやです。気の利いたところでは、コンピューターで地図を出してくれますが、それもロシア語です。近いところなら、なんとか役に立つというところです。
一番困ったのは、バイカル湖からの帰りです。イルクーツクのバスターミナルについて、旅行案内書とホテルでもらった地図を突き合わせて、路面電車でホテルに向かうことにしました。停留場はすぐわかりました。歩道に人がたくさん集まっているところがたいてい停留場で、後ろに簡単な屋根がかかっています。
そこで、路面電車を待っていると、次々と普通のバスはやってきますが、電車はきません。バスの路線は調べてなかったので、ひたすら電車を待ちました。待ちくたびれて、そばに立っている何人かの人に尋ねましたが、話が通じません。道路の向こう側、反対車線の電車は次々ときます。
小一時間は待ったでしょうか。やっと電車が来ました。かなり混んでいました。車掌が切符を売りに来ないのは混んでいるせいと考えていました。いくつか目の停留場で、客が一斉に降ります。何かショッピングセンターでもあるのかと思っていると、残った客にも降りるように車掌から指示がありました。
降りてびっくりしました。わたくしたちの乗ってきた電車の前に十数台の電車が止まっています。おそらく先頭の電車が故障して、詰まってしまったのでしょう。私たちの電車は何か連絡不備で、運行してしまったのでしょう。
ここで、ハタと、困りました。自分が一体どこにいるか皆目見当がつかないのです。「ここはどこですか」というロシア語も知らないのですから。またここがどこか知ったとしても、その名前が簡単な地図に載っているとは思えません。
ホテルの名前を言っても、周りの人の反応は芳しくありません。おそらく普段は親切なロシア人たちも途中で降ろされたので、自分のことでいっぱいだったのでしょう。
すると、「道にお迷いですか」と、馬鹿に上手な英語を使って近づいて来た老紳士がいました。ガイドブックには、こういう男には気をつけろとありますので、少し警戒気味に相手をしました。彼もそれに気がついて、「心配ご無用」。宿の住所を見せると、ちょうど向こうの角から曲がってきたバスを指さし、「あれで、二番目の停留場で降りなさい」。ここは信用するしかないと、不安ながらも、バスに飛び乗り、無事、宿に帰れました
今は、3泊4日のモスクワへの車中。何の心配もなく目的地へ着けます。でも、道に迷いながら、目的地を探しているのが旅の醍醐味と思えます。
石川恒彦