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隠居からの手紙

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シベリア鉄道2

   旅をすると思いがけない経験をすることがあります。思いがけず昔の友人に会ったり、意外な親切を受けたり、期待していなかった景色が素晴らしかったりします。

  シベリア鉄道の旅を計画していますが、計画の途中で、思ってもいなかった出会いがありました。

  ウラジオストックからモスクワまで、7泊8日の旅です。いくらなんでも長すぎるので、イルクーツクで途中下車、3泊しようと考えました。特に目的はなく、イルクーツクという名前を聞いたことがあるので、面白いだろうと思ったのです。旅行社に相談すると、モスクワへの特急ロシア号は、バイカル湖を夜中に通過するので、せっかくの景色を見ることができない。イルクーツクに泊まるつもりなら、その前のウランウデに一泊して、あくる日の昼間の汽車でイルクーツクに行ったらどうでしょうと勧められました。

  ウランウデといいう地名を知りませんでしたので、「地球の歩き方」を見ました。ウランウデはここからモンゴルや中国に行くシベリア鉄道の支線が出ています。そして、なんとウランウデの郊外に仏教寺院があると書いてあります。写真も載っています。

  ロシアに仏教を信奉している地域があるのは知っていました。バイカル湖の周辺に住むブリヤート人もそのひとつです。しかし、どうせ奥地だろうと勝手に決め込んでいました。それが、特急の止まる駅のすぐ近くだとは、びっくりしました。

  ロシアで信仰される仏教はチベット仏教、もっと正確に言えば、モンゴル仏教です。チベット仏教はモンゴル人の王朝=元朝や満州人の王朝=清朝の庇護を受けて、モンゴル人、満州人の間に広まりました。モンゴル人の間に広まったチベット仏教は、また、モンゴルの影響を受けました。
チベット仏教の指導者といえばダライラマですが。ダライはモンゴル語です。海という意味です。

  モンゴル人は遊牧民族です。お寺も初めはテントでした。移動に従って仏教を伝えました。バイカル湖の周辺ブリヤート人にも徐々に仏教が広まっていたようですが、決定的な事件は、1700年代の初め、100人を超す僧侶が、モンゴル内部の抗争を避けて、入ってきたことだったようです。彼らは寺や学校を作り、仏教を定着させました。
1741年ロシアのエリザベータ女王から公認され、その時の統計によれば、11のお寺と150人の僧侶がブリヤートにいたそうです。20世紀の初めが最盛期で、40をこす寺と10,00人の僧侶がいたといいます。バイカル湖出身の僧が、皇帝の許可を得て、当時のロシアの首都、サンクトペテルブルグに立派な寺を建てたりしました。

  ロシア革命ののち、仏教徒はソヴィエト政府の過酷な迫害を受けました。しかし、ソヴィエトの解体後、急激に復興しつつあるといいます。

   帝政ロシアも、ソビエトロシアも、現代ロシアも、ロシアの仏教が外国の影響を受けることを警戒してきました。現代のロシア仏教の指導者たちも、政治的宗教的にロシア仏教の独立を目指す方向と聞きますが、一般の信徒の間では、今なお、チベット仏教、ことにはダライラマへの信仰が強いようです。
訪問が楽しみです。

石川恒彦

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