表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 歓声(平成28年12月)
照栄院の庭には一年中、何かの花が咲いています。両横綱は枝垂れ桜とサボテン=鬼面角(きめんかく)です。枝垂れ桜は妙見坂の下にあります。染井吉野が咲く少し前に花をつけます。夜はライトアップしていますが、残念なことには、大田区が設置している街路灯の位置がよくなく、感興を妨げています。人通りの少ない道ですので、見物人は多くありません。たまたま見つけた人が、ああ綺麗と言っているのを聞くと嬉しくなります。
サボテンは中庭にあります。5メートルを超える大木になって、夏の真夜中にたくさんの花をつけます。幻想的な美しさです。皆さんに見ていただきたいのですが、渡り廊下の下をくぐらなければ中庭に入れませんし、書院を公開するのは、夜には無理です。開花時期に、お寺で通夜をなさる方には見ていただきたいのですが、この頃の通夜は、皆さん9時前にはお帰りになるので、機会がありません。満開の日がわかれば、広報することもできるのですが、予想が付きません。夏の間中、気まぐれに満開になります。
綺麗なものを見ると、人に教えたくなります。ただ、あまりに有名になって人だかりがしたり、むやみな歓声が上がると、感激が半減します。ところが、先日の旅行で、大きな歓声で、感激が高まる場所を発見しました。お教えします。
新庄から陸羽東線で鳴子温泉に向かいました。沿線の紅葉を楽しみながら、いつの間にか居眠りをしてしまいました。突然,ワ~という歓声が上がり、目が覚めました。列車は止まっていて、窓の外を見ると、一面の紅葉です。小雨の降る中、客車のすぐそばから、遠くまで、深い谷の両面がすべて紅葉しています。あっけに取られていると、やがて列車は動き出し、トンネルを通って駅に着きました。駅は鳴子温泉駅でした。先ほどの谷は、鳴子峡だったのです。
汽車を降りて、バスで鳴子峡に行きました。雨のせいか、広い駐車場はがらんとしていましたが、それでもかなりの人出です。見晴らし台から谷底をのぞき、名物の大深沢橋を眺めました。それから大深沢橋に行き、また紅葉を楽しみました。よく見ると谷底を鉄道が横切っています。あそこで汽車が止まったのでしょう。
素晴らしい紅葉ですが、ここでは道路や、茶店や、売店が目に入ります。先ほど谷底から見た、紅葉だけという景色とは違っていました。
その晩は、鳴子温泉に泊まりました。予定では、それから仙台に向かうつもりでしたが、もう一度汽車からの紅葉を見たくなりました。そこで、まず大深沢橋に行きました。昨日とは違い、晴天で、沢山の見物客でした。駐車場も車でいっぱいです。この人たちは、汽車からのあの景色は見られないなと、ちょっと優越感を感じました。そこからバスで、鳴子温泉駅の一つ前の中山平温泉駅に行きました。少し遅れてやってきた汽車に乗り込みます。すぐにトンネルに入り、いくつ目かのトンネルを出ようとするとき、減速を始めました。カメラを構えて外を見ました。また歓声が上がります。昨日は雨、今日は晴れ、ちょっと印象の違う同じ絶景を見ることができました。
景色が目に、歓声が耳に残っています。
石川恒彦