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隠居からの手紙

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冒険を大切に

  私たちは、今臆病になっているのではないでしょうか。日銀がたくさんのお金を市場につぎ込んでも、それを使って何かしようという人は少ないし、そういう人がいても、そういう人には資金が回ってきません。
有望な発明があっても、商品化にためらう企業が多く、外国企業に開発の利益を持っていかれてしまいます。ゴール絶好の球が来ても、一瞬ためらいます。

   臆病のもとは、過保護にあると思います。今の子供は、物質的には恵まれています。
おもちゃにあふれ、たいていの子供は自分の勉強机を持っています。しかし、行動は制限されています。親の選んだ塾で勉強し、親の選んだクラブで汗を流します。近所の子供と泥んこになって遊び、時に喧嘩し、時に仲直りし、親の目を盗んで、ちょいと悪いことをする。そういうことは少なくなりました。
過保護の親のもとで、言うとおりに生きるのが快適だからでしょう。冒険心のかけらも育ちません。

   そういう子供が大きくなって、経営者になっているのですから、産業も冒険しません。
冒険しようと言う人がいれば、それを阻止しようという力が働きます。伝統と、流行と、政府の指導に沿って経営していけば、当座は困りません。それでは長い目で見るとき衰退が約束されています。

   先日、シリアに行こうとしたカメラマンの旅券が取り上げられました。国民の生命財産の保護が任務の政府は、殺されるのがほぼ確実な国に行かせるわけにはいかないという理由です。お母さんが危ないから高い木に登るなと命令するのと同じ理屈です。つまり過保護です。

   あらゆる分野で冒険が求められています。危険な国への冒険も同様です。百人に一人、無事に帰ってくる人がいれば、貴重な情報がもたらされます。衛星写真や、ウェブ傍受では得られない貴重な情報となる可能性があります。
政府にとって恐ろしいのは、国民世論でしょう。事件が起これば、なぜ阻止しなかったと批判されます。
救出作戦も総理大臣以下政府一丸となった対策が求められます。しかし、行きたい人は行きます。事件が起こって総理大臣のできることは、外国政府に電話することぐらいです。

   冒険は基本的には自己責任です。
その上で、例えば、危険地域への旅行は、次のような原則で対処したらどうでしょう。

(1) 犯罪目的以外の渡航は自由である。
(2) 危険地域に渡航を希望している人には、必要な情報を惜しみなく教える。
(3) 誘拐されても、日本は武力の行使も、身代金の支払いも、国内にいる犯罪人の引き渡しもできない。
(4) 救出は政府の義務である。それは優れた実務者に全権をゆだねて行う。
(5) 救出活動は、おおむね犯人に影響を及ぼせる人物、政府、団体に協力を要請することで行われる。

   この方針が公表されて、それでも危険地域に行こうという人がいれば、政府は「気をつけていってきてください」と、いうだけです。

   今の日本に求められているのは、勇気と実行力です。それが、勇気をそぐ社会、制度、風潮が充満しているように見えます。

石川恒彦

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