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隠居からの手紙

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イスラムに尊敬を

  パリがまたテロ攻撃に会いました。IS(イスラム国、イスラム風国?)による犯行と言われています。
フランスは、有志連合を作って、報復攻撃に全力を挙げています。おそらく激しい空爆により、ISは勢力を失うでしょう。しかし、それで解決といかないのが中東です。かって、アルカイダがアメリカで同時多発テロを敢行し、怒ったアメリカ政府に散々にやられてしまいました。それでもアルカイダの残党は各地で活動しているし、もっと過激なISのような組織がかえって勢力を持ち始めています。

  モグラたたきは、同じモグラが飛び出してきますが、中東の過激派は、叩かれれば叩かれるほど過激になっていくようです。その原因は、イスラム教徒の持つ閉塞感です。
母国にあれば、外国の干渉で国はうまく運営されていません。外国にあれば、イスラム教徒であるゆえに、社会で差別を感じます。

  十字軍の時代から、キリスト教徒とイスラム教徒は互いに反目していました。そして西洋の経済的、軍事的優位が明らかになると、西洋にとって中東は豊かな文化を持つ地域ではなく、学ぶことのない遅れた地域と意識されるようになりました。中東は、ただ西洋の経済的利益のためだけに存在するようになりました。

  西洋は取引を有利にするためには、元首をすげ替え、部族を差別し、国境を変更しました。それは、現在も続いています。サダム・フセインは初めアメリカの対イラン政策にとって重要な人物とされ援助を受けました。オサマ・ビン・ラディンはアフガニスタンからソ連を追い出すためアメリカに雇われていました。ともに利用価値が無くなると殺されました。エジプトで軍事政権を倒し民主的な政権ができました。
ところがそれは少々反米でした。軍事クーデターが起こり、ふたたび軍事政権となっても、親米政策をとりましたので、民主主義の伝道者アメリカは軍事政権を承認しています。

  たしかに、中東のイスラム教徒は、近代社会で通用しないような教義に固執しています。
それは強力な敵から自分を守るための丈夫な鎧の役目を果たしています。信仰というより自己防御です。イスラム社会は外部の人間が思うより柔軟です。イラン革命のとき、民衆はホメイニ師の写真を掲げて行進しました。イスラムは偶像を禁じています。ホメイニ師の写真は明らかに偶像でした。しかし、イスラム社会のどこからも反対の声は上がりませんでした。イスラム社会も変化可能なのです。

  アメリカは中東への関与を続けるといっています。それは逆効果でしょう。迂遠ですが、中東のイスラム社会が自律的に変化するのを待つべきです。域内の紛争が今より激しくなるのは目に見えています。
それを静観する自制心が必要です。我々の仕事は、紛争が域外に飛び火したとき、それを消火するにとどめるべきです。長い年月をかけて、イスラム社会が平和に収束していくと信じるほかに道があるとは思えません。キリスト教社会も、現在の平和のために100年戦争を初め多くの血を流しました。
また、進化論や地動説を受け入れるには、宗教と科学が激しく論争しました。 今必要なのは、イスラムへの軽蔑ではなく、尊敬です。

石川恒彦

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