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隠居からの手紙

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ものがたまる

   年を取ったら、物をためてはいけないと言われ、自分でもそうだと感じますが、実際にはなかなか実行に移せません。

   永年、妙見堂で、堂守をしてくれていた女性が、腰を痛めて辞めました。荷物を整理して、転居先に持って行くもの、捨てるものに分けました。捨てるもののほうが、はるかに多く、持って行くというものにも、はたから見ると要らないものが沢山入っていました。

   女性が去った後、つぎに入る人のために少し建物を修繕する事になり、押し入れや物置を開けました。 あるはあるは、妙見堂のものでしょうが、使い道のないものが次々と出てきました。古い電気掃除機が数台、壊れた机、汚れた布団や敷物、得体のしれない液体、沢山の空箱、包装紙に紐、何でも取ってあったという感じでした。

   建築会社に頼んで、全部捨てて貰いました。ところがあくる日、食器棚の扉がないことに気が付きました。どうやら昨日の廃棄物の中に入っていたらしいのです。だから捨てられないのですね。

   捨てられないなら、はじめから手に入れないようにすべきだと言います。若い人を見ていると、写真でも書籍でも、コンピューターの画面で見て満足しているようです。ところが年寄りは、そうはいきません。ちゃんと印刷してないと、見たり読んだりした気になりません。デジタルカメラは沢山の写真が撮れます。ついつい余計に印刷してしまいます。その時は楽しみますが、整理も大変なら、しまうのも大変になります。

   私の世代までは、物を大事にするように教育されました。また社会が物を大事にするようにできていました。鍋に穴があけば鋳掛け屋が直してくれました。着物が古くなれば、洗い張りをして仕立て直すことが出来ました。江戸時代はもっと徹底していて、何でも直し、何でもリサイクルしていたと言います。一説では、世界で一番環境に優しい国だったと言います。

   それが消費時代に入り、どんどん買い、どんどん捨てるのが常識となりました。年寄りは、新しい常識についていけません。修理もリサイクルも出来ない商品が増えすぎたと、歎くばかりです。

   愛用していたサンダーが動かなくなりました。コードの根元をぐらぐらすると動きました。これは断線だと、ねじ回しで機械を開けようとしました。ところが、ねじ回しのサイズを間違えて、ねじ山をつぶしてしまいました。そこで、日曜大工店に行って、ねじ山がつぶれてもねじが回せるようになるという液体を買いました。役に立ちませんでした。次にインパクトドライバーを買いました。これは、ドライバーの頭を金槌でたたくと、ドライバーの先が回転して、強力にねじを回すと効能書きに書いてあります。駄目でした。よく説明書を読むと、これは固く締まりすぎたり、錆ついたねじ用で、ねじ山の無いねじには役立たないようでした。

   仕方がないので、もう一度日曜大工店に行って、今度は、つぶれたねじ山に新たに溝を付けるという道具を買いました。鋭い鋼鉄の刃先を、つぶれたねじ山に打ち込むと、溝らしきものが出来ました。そして、くだんのインパクトドライバーを打ちこむとあっさりねじが取れました。そこで、すべてのねじを外し、カバーを開けようとしました。ところが、押しても引いてもずらしても開けられません。何かコツがあるのか、それとも内部に何か詰まっているのか、結局あきらめました。

   今、棚には、使えないサンダーと3種類のねじ開け用具が眠っています。いつかはまた挑戦しようと考えていますが、再びやることは無いとも思います。修理に出せば高いでしょうから、買い換えるのが一番ですが、その時古いやつを捨てるか、もう一度修理に挑戦するか、確かでありません。 こうやって、無駄な荷物がたまっていきます。 

石川恒彦

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