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隠居からの手紙

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沖 縄

  沖縄知事選挙が行われ、普天間基地を辺野古に移転することに反対の候補が当選しました。
政府は昨年末莫大な沖縄経済振興策を公表しました。当時の知事はそれを大変喜び、他に選択肢がないと、基地移転に賛成しました。ところがこの選挙結果です。沖縄の人々が、いかに基地に迷惑しているか、私たちの胸に響きました。 

  悲劇は、どんなに頑張っても基地が無くなる可能性が無いことです。日米安保条約の存在です。この条約は、敗戦日本独立の条件として生まれました。当時は東西冷戦の真っ盛り、西側諸国が共産主義勢力と戦う最前線に日本は位置し、復活しつつある日本の工業力は日本を格好の補給基地としました。

  1951年、日本は独立しました。独立とはいえ、沖縄はアメリカの施政下におかれました。
沖縄戦は唯一日本本来の領土で戦われた戦いでした。「沖縄県民かく戦えり」とたたえられる奮戦をしましたが、虚しく、日本の敗戦以前に連合国に占領されてしまいました。
占領軍は強制的に土地を収用し、強力で広大な基地を建設しました。さらに、日本独立後は、国内で基地反対運動が盛り上がり、多くの基地が沖縄に移転しました。

  1972年に沖縄の施政権は日本に返還されました。それでも米軍基地は維持されました。
しかもそのころより、徐々に、日米安保条約の性格が変って来たように思えます。初めは、アメリカが共産主義諸国に対峙するため、日本が基地を提供するというものでした。ところが、文化大革命を終結させ、国力の充実を感じ始めた中国が、四方にその領土的野心を隠さなくなりました。日本にとっては尖閣諸島です。
もし、中国が武力をもって尖閣諸島を占領しようとすれば、日本の武力は対抗できません。中国がそれをしないのは、日米安保条約の存在です。沖縄の米軍が抑止力となっているのです。日米安保条約が必要なのは日本の方となりました。

  しかし現状のままでは、正義に反します。明らかに沖縄の犠牲のもと、日本人は平和を享受しています。ところが、我々にできることは何もないように見えます。経済振興にお金を出しても、米軍基地があっては、その効果が限られています。たとえ豊かになっても基地があっては楽しめません。

  何とか知恵を絞って、現状を打破しなければ、正義にもとるというものです。我に秘策ありと誇れるほどではありませんが、一つの解決策として、「領土と米軍の交換」はどうでしょう。アメリカ、中国、ロシアと交渉して、日本有利に国境を画定します。
その代償として、アメリカ軍は日本から撤退します。同時に、朝鮮有事の時は、どの国も干渉しないことも約束します。アメリカは日本に基地があることで、この地に威信を示すことが出来ると考えています。
しかし、中国の勃興は、筋書きを変えました。もし中国が尖閣に攻め入れば、アメリカは名も知らぬ無人の島のために、アメリカの若者の血を流すことになります。もしそれを避けるなら、アメリカは、日本での信用を失い、不名誉な撤退を余儀なくされるでしょう。

  中国ロシアにとって、確定した国境とアメリカ軍の撤退は、大きな成果です。この方面での軍事力の構築に予算を割かないですみます。また、日本との友好は、文化的経済的利益をもたらすでしょう。アメリカにとっても利益があります。日本での軍事基地の維持は何時反米感情を誘発するかつねにリスクがあります。尖閣で血を流す必要もありませんし、日本に恩を着せながら、堂々と去ることが出来ます。
極東での平和が確立できれば、その軍事力を削減したり、他の紛争地域に回すことも出来ます。

  沖縄が一番の受益者です。今度こそ70年間の貸しを日本政府から返してもらえます。 全ての日本人が感じていた胸の支えも少しは軽くなるでしょう。
しかし、国際政治は冷酷です。万が一を考えて、日米安保条約は維持し、ただ米軍の日本からの撤退のみを決められれば理想的です。甘いでしょうか。

石川恒彦

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