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隠居からの手紙

表紙隠居からの手紙バックナンバーもくじ > 平成26年10月

食事と気分

  比叡山に行きました。京都駅から山頂までバスで登りました。そこにレストランがあるというので、まず昼飯はそこで食べようと考えていました。ところがレストランは植物園の中にありました。
入場料が高いのであきらめて、茶店でうどんを食べました。愛想のいい女店員が、店の中から呼び込みをやっていましたが、通る人に聞こえそうもありません。何か規制があるのでしょう。
ケーブルカーや徒歩でやって来た人たちは、弁当持参のようでした。後から聞くと、植物園は、入場料に値する展示があると聞き、今度はちょっと残念な気持ちになりました。

   山頂からはシャトルバスで横川(よかわ)に行きました。そこからまず、日蓮聖人が修行をしたという、定光院に歩きました。これは大変でした。たしかに定光院は横川の一部ですが、一番外れです。
普通はほかの道から、定光院だけをお参りします。横川中堂や四季講堂を横目に行院を過ぎたころから下りの階段になります。数えませんでしたが300段はあったでしょう。下りきったところに定光院はありました。
掃除は行き届いていましたが、誰もお参りがありません。おじさん(住職?)が高圧洗浄機で階段を洗っている音だけが聞こえました。帰りの300段の上りはこたえました。

   それからバスと徒歩で、横川、西塔、東塔の主なお堂を参拝して、延暦寺会館に入りました。
お寺の会館というので、宿坊に毛が生えた様なものと思っていましたが、立派な旅館でした。
部屋もきれいで、窓から見える琵琶湖の景色は最高でした。食事は精進です。料理の説明は中年の男性がしてくれました。しつっこくなく、かといって、お座なりでもなく、こいつ心得ているなという感じでした。

   朝は、根本中堂のお勤めに参列しました。会館の別館に泊まっていた東寺の幼稚園の子供たちも参列しました。さすがに寺の幼稚園児で、合掌正坐をちゃんとやっていました。法要の後は、お説教がありましたが、ちょっと気の毒でした。成人と幼稚園児に同時に感銘を与える話はなかなか出来ません。

   朝食ももちろん精進でした。朝は、快活な女性が係でした。会計を済ませて玄関を出ると、東寺の子供たちがお別れの合唱をしていました。延暦寺の役僧が出て、嬉しそうに耳を傾けていました。
東寺は真言宗本山、延暦寺は天台宗本山。昔は確執もあったのでしょうが、今は穏やかです。

  ちょうど祇園祭で、旅館がいっぱいだったので京都はホテルに宿を取りました。食事のあと宵山を見たいとホテルの人に相談すると、蛸薬師通りのイタリア料理店を紹介してくれました。
案内をプリントアウトしてくれましたが、烏丸駅でハタと困りました。どの出口を出るのかわからなかったのです。駅の案内板を見ながら、東洞院通(ひがしのとういんどおり)を「とうとういんどおり」と読むと、そばにいた若い女性がクスと笑います。一瞬不快な気持ちでいると、その女性がどちらをお探しですかと聞いてくれました。ホテルで貰った案内を見せますと、さっとスマートフォンで検索、ここはおいしい店ですよといいながら、出口を教えてくれました。

  レストランの入り口は、どちらかと言えば食欲のわかない作りでした。
紹介が無ければ、通り過ごしていたでしょう。イタリア料理はよくわかりませんので、メニューを見ながら、店員にいろいろ聞きました。店員もわからないことがあると、奥に聞きに行ってくれました。すると店主が出て来て、わかりやすく説明してくれました。おかげで、料理もワインもおいしいものを注文できました。

  満腹ほろ酔いで、宵山の街を歩きました。町ごとに山とか鉾と名づけられた山車(だし)が組み立てられ、提灯がともされ、祇園ばやしがにぎやかです。いくつか山鉾を見たあと、雑踏を離れました。
遠くに祭りのざわめきを聞きながら、夜道をあるくのは、なんともいえない雰囲気がありました。

  今回の旅行は、茶店のうどんからホテルの朝食まで、はずれがありませんでした。
それぞれの店の人が親切で明るかったことが影響していると思います。
烏丸駅の別嬪さんも心を和ませてくれました。ありがとう。

石川恒彦

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