表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 働く年寄り(平成26年1月)
年末になって、気楽な隠居が働く年寄りになってしまいました。妙見堂の留守番が腰を痛めて入院しました。急に後任が見つけられないというので、昼の間、御堂の番をすることになりました。
隠居して二年、住職の時はできなかったことを随分やりました。寺を夫婦で守っているときには、二人で出かけるということは、ほとんどありませんでした。そこでまず、旅行に精を出しました。国内はもとより、海外にも出かけました。ペルーのマチュピチュといった、有名でも、なかなか日本人のいかないところへも行きました。このときは、ハイラムビンガム号という食堂列車に乗り、サンクチュアリロッジに泊まるという、予約を取るのが難しく、かつ贅沢な旅も楽しみました。
映画を見て夕食を食べるなどといったありきたりのことも新鮮でした。身内の介護をしていた時にも同じようなことをしました。妹が来て、手を代わってくれると、二人で出掛けることができました。
しかしそれは、時間が制限されたものでした。帰りの時間を気にしながらビーフステーキを食べるのと、それなしにギョーザを食べるのとでは、断然後者に軍配が上がります。
期待ほどでなかったのは、読書です。暇になったら読もうと、いろいろ本を買い込んでありましたが、どうも思うようには進みません。ひとつには、頭が少しぼけて、理解力が衰え、読むのが遅くなったせいもあります。もう一つは、意外に雑用があって、読書が細切れになってしまうということもあります。どうしても書きたいこともあるのですが、いつになったら資料に目を通し終えるのかと、心もとないところです。
妙見堂の留守番は大したことはしません。妙見さまは北極星が神格化された尊格ですので、冬至には、星まつりを営みます。その後、節分までは、星守りを授与します。新しい年がいい年であるよう祈願するお守りです。そこでこの時期、お守りをもらいに来る参拝客があります。その方たちの応対をします。また池上七福神のうち樹老人が祀られていますので、七福神巡りの人たちがやってきます。
なじみになると、何かとお話をしていく人が多くなりますが、臨時の留守番の私に挨拶以上の話をする人はいません。私が、前にこの寺の住職だったことを知らない人も多く、オジさん、オジさんと呼ばれます。気が楽なものです。
それでも、一日机に向って、客を待つ仕事は疲れます。隠居して、なまってしまった心身にはいい刺激です。鍵をかけ忘れたり、お金を置きっぱなしにしたり、話をした人の名前を聞き忘れたり、そのたびに、今度はちゃんとやろうと、心に決めます。
とはいえ、せっかく引退して、気楽な生活を覚えてしまった老体は、この生活を長く続けられそうにありません。住職に、早くちゃんとした後任を見つけるよう頼んであります。普段、妙見堂に住み込みたいという人は、よくいるのですが、いざとなると、なかなか、みつからないものです。
それまでは、老体に鞭うって、勤めたいと思います。
石川恒彦