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隠居からの手紙

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英語教育

  孫の幼稚園には、アメリカ人の先生がいます。英語を教えるというより、英語でいろいろ遊んで、自然に英語に馴染ませようという意図のようです。先日都心に出かけたら、別の幼稚園の子供たちが、先生に引率されて、道を歩いていました。この幼稚園にも外国人の先生が、英語で指示を出していました。

  どうも、幼児の時から、英語に親しませようという風潮があるようです。政府も小学校低学年から英語教育を導入しようとしています。この方針に、言論界からも特段の反対意見は無いようです。

   たしかに、日本人は英会話で苦労します。私は、長いこと外国に住んだ経験があるし、日本でも英語が必要な職に就いていたことがあります。しかし今でも、LとRの区別がわかりません、また、母音も日本語にある「あ、い、う、え、お」の五つしか聞き分けることも発音することも出来ません。もっと若いうちに勉強しておくのだったと後悔したこともあります。

  それでも、義務教育で英語を学ばせようというのには疑問を持っています。すべての国民が英語を話せる必要があるのでしょうか。英語は世界語です。仕事で英語の必要な人は、非常に多いでしょう。
しかし、英語を全く知らずに充実した人生を送る人の方がはるかに多いと思います。インド人の英語は訛りが強いと言われます。しかし、ちゃんと英語を習った人たちはすばらしい英語をしゃべります。彼らはどんな仕事をしているでしょう。多くの人が、アメリカの会社のコールセンターの職員です。
インドにいて、インターネット電話で来る、アメリカの消費者の質問や苦情にこたえているのです。現在は両国の給与格差がありますから、インド人にとってはいい仕事です。将来はわかりません。

  もっと問題は、子供のころから英語を教えると言いますが、どういう方法がいいのか、まだ試行錯誤の段階なことです。多くは、会話が加わると言っても、今までの、中学、高校、大学の教養課程の8年間、ダラダラと英語を勉強しても、大部分の人には、役立たないという、あの教育法に落ち着きそうです。
多くの落ちこぼれを作り、彼らに英語に対して嫌悪感や苦手意識を植え付けるだけです。国語や算数あるいは歴史といった一般教養とは違い、英語は実技だと思います。誰でも知らねばならないものではありません。運動や音楽と同じ範疇に入ります。

  何年もアメリカに住んでいても英語がうまくならない人や、日本を出たことが無いのにラジオ英会話で勉強しただけで非常に英語のうまい人など、いろんな人に会いました。
その印象では、語学の勉強で大切なのは、意欲と集中と機会だと思います。意欲のある人に集中できる機会を与えるのが一番です。

   いろいろのやり方があると思いますが、例えば、中学3年を実技の年とするのはどうでしょう。
一年を4カ月ずつの3学期に完全に分け、一つの学期は一般教養、あとの二つは実技とします。
生徒は任意に学期と科目を選べます。 ある生徒は、英語、柔道、一般教養と選び、別の生徒は、一般教養、水泳、料理と選べます。英語を選べば、寮に入り24時間英語漬けとなります。在籍の学校に準備が無い時は、その学期だけ別の学校に移ります。英語の専門学校も選択肢に入ります。他の科目でも同様です。

  学期間の休みがありますから、実際の勉強期間は3カ月半ぐらいでしょう。これだけあれば、英語の基礎は身に付きます。後は、本人の興味と努力次第です。ニューヨークに芝居を見に行くのか、スタンフォードで電子工学を学ぶのか、それぞれです。東京で会った外国人に道案内が出来ればいいという人もいるでしょう。集中受講は大学生や社会人にも有効です。

   日本人が外国に行って会話に困るのは、言葉の問題もありますが、それ以上に、会話の訓練を受けていないことです。日本語でする会話でです。会話を論理的に積み上げていくのが下手なのです。
まず日本語がちゃんと話せることが大切です。そのためにも、一般教養の習得が重要です。昔は、読み書きそろばんと言いましたが、これからは、読み書き話しそろばんです。どうも英語で苦労したおじさんおばさん達が、今、英語英語と騒いでいる感じがしています。

石川恒彦

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