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隠居からの手紙

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植木市

  黄金週間の少し前から、池上本門寺の仁王門のまわりに20軒ほどの植木屋が店を出します。
焼きそばやおもちゃの店もあって、なかなかの賑わいです。
しかし、かつて関東一と言われた池上の植木市を知っているものには、何ともさびしい光景です。

  池上の植木市は、日蓮宗の開創を記念して、千部会という法要が毎年春に催され、
その参拝客を当て込んで始められました。もともとは、本門寺の山の下、呑川沿いの道が主会場でした。
それに加えて、参道から一つ入った道にも店が出ました。おそらく何百軒と言う植木屋が店を出していたのでしょう。呑川沿いには大木が多く、参道裏は小物が主で、草花も売っていました。

  呑川沿いに大物が多かったのは、水やりの便が良かったからだと思います。
バケツで川の水を汲んで、大きな木の根に水を遣っていました。
私の知っているのは、戦後の復興期で、毎年見上げるような大きな木や、いかにも形のいい
庭園樹に買い手が付いていました。値段の駆け引きは微妙で、定価というものはなかったようです。
たいていは、売った木を屋敷まで運び、植え込むまでの手間も含んだ価格だったようです。
毎年同じ業者が同じ場所に店を出しましたので、信用もありました。

  私の憶えている大物は、大きなソテツの木で、当時建設が進んでいた大田区民会館の庭に植えられました。植木市に来た区長がすっかり気に入り、即決で買ったようです。
ちょっとした話題になりました。今もその木は、池上会館と名前を変えた施設の庭にありますが、
風土に合わなかったのか、手入れが悪かったのか、随分小さくなってしまいました。

  30年ほど前でしょうか、自動車の交通が増え、呑川沿いの道が使えなくなって、
本門寺の山の上で植木市は開催されるようになりました。大量の水道水が使われましたが、
水道料は、本門寺もちでした。お礼に植木屋の組合が、何本か、境内に植え木を植えて帰りました。

  本門寺には大きな駐車場がありますので、車で来る人には便利になりました。
しかし、近隣の人や電車で来る人には、96段の石段は、障害となりました。
少しずつ、お客が減っていきました。また、どこの家の庭も木が育って、新しい木を植える隙間が無くなりました。その上、大きな木を植えられる庭そのものが無くなりました。
遺産相続をきっかけに、大きな屋敷は分割されたり、大きな集合住宅が建てられました。
木は新しく買うより、むしろ伐採される運命となりました。

  植木の流通経路も変わりました。会社や公共団体が植木を買うときは、
業者に文書で見積もらせてから買うようになりました。かつての大田区長のようなまねはできなくなりました。
植木市の衰退は必然だったのかもしれません。

  本門寺から下を見渡すと、建物がぎっしり建っています。緑はほとんどありません。逆に池上の町からは、本門寺の緑が見えます。それだけが息苦しい街に潤いを与えています。それを見ると、緑の大切さを痛感させられます。個人の庭の緑を増やすことは、これから困難です。公園や道路の緑を増やす街づくりが望まれます。

石川恒彦

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