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隠居からの手紙

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ミャンマーにて

  寺院はどこも参拝客であふれていました。
大きな寺院には屋根つきの参道があって、両側には商品がいっぱいに積まれた商店が並んでいます。
はだしでそこを歩いて、日差しの強い聖域に入ると、足が焼けそうになります。
参拝客は女性が目立ち、男女とも、たいていの人は、ミャンマーの伝統的な服であるロンジーを下半身に巻いています。

  礼拝も瞑想も、厳格な規則はなさそうで、それぞれ思い思いの姿で礼拝したり瞑想したりしていました。
僧侶の姿も見かけますが、彼らもいわば参拝客です。一般の人がお参りに来る寺院には住んでいないそうです。

  僧侶が修業をしたり、儀式を行う寺院は別にあり、1000人以上の僧の住む僧院もあります。
11時ごろ僧院を見学に行くと、何列にも並んだ僧たちが、鉢を抱えて道に並んでいました。
ほんの子供の坊さんから年寄りまで静かに並んでいました。合図の鐘が鳴ると、いくつもある大きな釜から、信者たちの手で、ご飯が配られ始めました。副食や果物もありますが、それがどう配られたのかは見えませんでした。ときどき屈強な僧が出てきて、お釜を大きなヘラでかき回していました。

  軍事政権下のミャンマーへ行くというので、少し緊張して旅に出ました。
しかし、ミャンマーには、兵隊はおろか警官の姿もまれでした。ガイドによれば、軍事政権の絶頂期でも、普段は、兵隊や警官を見かけることは少なかったといいます。

  ミャンマーを旅したといっても、正味4日間、それも団体旅行ですから、確かなことは言えませんが、観光客の目には、人心が安定しているように見えました。
人々が口論している姿は見かけません。市場を歩いているとき、財布を気にしたら、現地ガイドが、
「大丈夫ですよ、この国にはスリはいません。」と断言しました。決して彼らが不器用なせいではありません。
織物工場や漆器工場を見学しましたが、日本人に劣らぬ器用さと勤勉さを持っていると感じました。

  「あそこで長井さんが撃たれたんですよ。」 現地ガイドがバスの中から道の反対側を指さしました。
5年前の反政府活動を思い出しました。僧侶を含む市民が軍事政権に対して民主化を求める街頭行動をおこしました。
軍事政権は、それを激しく弾圧しました。取材していた日本人ジャーナリスト長井健司さんが至近距離から銃撃を受け死亡しました。

  今、ミャンマーではゆっくりと、軍事政権と民主化勢力の間の和解が進んでいるといわれます。
民主化の象徴スーチーさんも選挙に参加することになり、町のあちこちで彼女の写真を見ることができました。軍事政権は、いつでもこの流れを逆流させる力を持っています。しかし、民主化に一定の行動の自由を許しているのは、軍事政権下で国を閉じた結果が、ミャンマーが経済成長に失敗し、アジアの他の国との経済力に大きな差が出てしまったことを認識したことによるといわれています。簡単には戻らないのでしょう。

  ミャンマーは天然資源に恵まれ、農業にも適しています。
外国の投資が始まれば、急激に成長する可能性を秘めています。
ただ、近代化が、温和で寛容、信仰深いこの国の人々の性格を変えてしまわぬかと余計な心配をしました。

石川恒彦

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