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隠居からの手紙

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腐葉土と原発

  今年は腐葉土作りに意気が上がりません。原発事故のせいです。福島からやってきた放射性物質が木の葉にくっつき、落ちた葉を集めて作った腐葉土には、凝縮された放射能の可能性があるというのです。まさか、東京の南端にある池上にまで飛んできたとは思えないのですが、風向きによっては、特異な高放射線の場所があると言います。うちの寺がそんな場所とは思えませんので、腐葉土を作っています。しかし、来年の初夏を迎え、腐葉土が出来上がった時、どこか、公的機関に測ってもらわねばと思っています。

   昔は、落ち葉を燃やしていました。寺の小僧が、庭を掃いて、落ち葉をたく姿は、お寺の風物詩でした。小説や映画にもよく登場します。主人公が寺を訪ねると小坊主が庭掃除をしているのは定番です。坊主が主人公ですと、庭掃除は欠かせない場面となります。たとえば、三島由紀夫の『金閣寺』でも、庭掃除をしながら主人公の心が動いていく様子を描いていたと記憶します。

  それが、環境に悪い影響を与えると、禁止されるようになりました。一酸化炭素だけではなく、ダイオキシンが発生すると言われました。私は、子供のころから庭掃除をしていました。たき火はその仕事の一部でした。たき火の後の残り火で、芋を焼くのも楽しみでした。ちょいとコツがあって、私は名人でした。ずいぶん煙を吸いましたが、健康に影響を及ぼされたという自覚はありません。大袈裟な話だと、たき火を続けていました。

   ところが、近所から苦情が来るようになりました。男が怒鳴りこんで来て、火が消えるまで、水を掛けさせられました。百メートルほど離れた集合住宅の三階に住むご婦人は、たき火を始めるとすぐ電話をかけてきました。気持ちが悪くなったというのです。どうも、朝から毎日監視しているようでした。

  そこで、腐葉土を作ることにしました。自然のものを自然に戻すのはいいことですし、なんといっても余った腐葉土を人に差し上げると、喜んでもらえました。もっとも、おびただしい量の落ち葉ですので、はじめは、ゴミ回収車や植木屋さんに頼んで大部分は捨てました。それからいろいろ技術を向上させ、腐葉土を作る場所も改造しました。今では、人の背の深さはある二坪ほどの穴が出来ています。底も壁も、天然石でできているので、適度な湿気があります。穴には重い頑丈な蓋が付いています。いい腐葉土が大量にできるようになりました。

   そこに今年の原発騒動です。ほとんど危険が無いと思っても、いやなものです。

   東北の農漁業の人の気持ちが、少しはわかったような気がします。今まで作ってきたものがダメ、これから作るものは不安、場所によっては、住む事さえかなわない。突然、長年培ってきた技術や設備が使えなくなりました。技術の革新や交易条件の変動、あるいは自然災害による困難なら、つらくとも納得できるかもしれません。それが、原発事故です。100%安心と信じながらも、心の奥底で万が一と、一抹の不安のあった事が、現実になってしまいました。

   私の腐葉土つくりは、汗を流すと言っても、半分趣味です。落ち葉を集めてはいけないとなったら、来年からは、たとえば、落ち葉を灌木の下に掃き入れる事もできます。少しみにくくとも、お寺参りの方に許してもらえるでしょう。

   農漁業、あるいは林業を、一生の仕事としている人々にとっては、そうはいきません。人生を否定されたと考える人も沢山いるでしょう。これからどうするか、考える事も出来ない人も多数いるでしょう。お金で解決できる問題ではありません。たとえ、高額の生涯年金を保証したとしても、はいそうですか、ありがとう、とは言えない深刻さだと思うのです。

   政府や電力会社の対応には、失敗したという気持はあっても、本当にすまなかったという気持が欠けているように思えます。

石川恒彦

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