表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 成長の幻影(平成22年9月)
景気対策が声高に求められています。これ以上円が高くなると、賃金切り下げや人員整理で、やっとの事で利益を上げてきた製造業は海外に移転するほか、新興国との競争力を保てないといいます。しかも、低賃金や失業の結果、国内需要が低迷しています。
しかし、政府や日銀の取れる対策は非常に限られたもののようです。何しろ、国債を目いっぱい発行し、金利も最低に抑え、日銀の貸し出しもごく緩い条件にしています。それでも、高度成長期や、バブル期の景気の高揚感からは、ほど遠いようです。これ以上何ができるのか、専門家の意見もはっきりしません。
ここは発想を転換すべきところではないでしょうか。私たちは、経済の成長によって、種々の問題を解決できると信じてやって来ました。しかし、先進国における経済成長は、もう過去のものとなりました。どこの国も財政出動で何とか成長を続けようとしていますが、国の赤字がたまるばかりです。貧しい国々が私たちを追っかけてきます。すべての国がアメリカの生活水準に達したら、地球の資源は足りません。
石橋湛山は、日本が盛んに領土や勢力圏の拡大に夢中となっているとき、植民地放棄を唱えたことで有名です。道徳的見地からはもとより、経済的にも植民地への投資がいかに非能率的なものであるかを論証し、さらに、植民地の住民の覚醒が、植民地経営を困難にしている現状を指摘し、むしろ、満州や朝鮮と対等の関係を結ぶ方が、政治的、経済的に、いかに有利かを説きました。
主流は、満州朝鮮は日本の生命線という考えでしたので、それを守るために、世界を相手に戦争をしました。日本は戦争に敗れ、すべての植民地を失い、勢力圏などというものは消えてしまいました。ところが、すべてを失った日本が奇跡の復興を遂げ、世界有数の豊かな国になりました。湛山は正しかったのです。
先進諸国は、成長戦略をあきらめて、各々の国民生活の質の充実に力を入れるときが来たのではないでしょうか。まず、貧富の差の解消です。成功者の報酬を削る分配は、起業家精神を挫くといわれます。しかし、貧しい人々が富めば、需要が増えます。資本家にとっても好都合です。それに、起業家精神は、金もうけのためにだけ発揮されるものではありません。教育や福祉の分野で成功すれば、お金以上の報酬が得られます。
次は、特に日本に於いては、居住の充実です。低所得者はもとより、相当の収入のある人でも、欧米の同程度の所得者と比べると、貧しい家に住んでいます。たいていの人は、客を家に呼んで歓待するより、外食を選んでいます。家族に介護の必要な人がでれば、すぐ外部の施設を探します。改善の余地、すなわち需要が充分にあります。日本は国土が狭いからだという人があります。そうではないでしょう。無策と乱開発が現状を招いたように思えます。
湛山は成長論者でした。世界の現状を今見て、果たしてなお、経済成長を主張するでしょうか。既定の議論に捕らわれない湛山なら、成長の時代は終わったと、喝破すると思うのですが。
石川恒彦