表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 倫理は変わる(平成22年11月)
女房が四泊五日の外出をしました。これ幸い、たまっていた事務を片付け、読みたい本を読んで過ごそうと、ご機嫌で女房を送り出しました。ところがそうは行きません。
来客に電話と郵便宅急便。お茶を出して片づけて、勧誘電話は丁寧に断り、手紙には返事を出します。宅急便が来れば内容を調べて礼状を出し、冷蔵庫や戸棚に片付けます。それに食事の支度と後始末があります。やっと終って、さて仕事と言うと、又何か起こります。イライラして、仕事を間違えます。
夕食が終われば、ぐったりして読書どころではありません。女房が取りためておいたヴィデオを見る事にしました。何が面白いのかわかりませんので、適当に選んでスイッチを押しました。
1950年代のロックンロール歌手の物語でした。
兵役を終えた主人公が結婚、苦労して歌手として成功をおさめます。しょっちゅう巡業で疲れていますが、家に帰れるのを何よりの楽しみとしています。ところが、妻の方は、たまにしか帰ってこない夫が、家で何もしないでボーッとしているのに我慢がなりません。ある日、とうとう子供を連れて、家を出てしまいます。
それから少したち、友達だった女性歌手に再会します。彼は結婚を申し込みます。女性歌手は躊躇します。その理由は、彼女も数年前に離婚していて、その時受けた離婚への非難を忘れていなかったからです。面白いのは、数年前にはやってはいけないことだった離婚が、主人公の離婚の時には、ある程度許されることになっていた事です。男と女の違いがあったのかもしれません。しかしそれ以上に、1950年代のアメリカ南部で、社会が急速に変化したのだと感じられました。
倫理は人の道だと言われます。正しくは、人と人の約束と言っていいのではないでしょうか。絶対の倫理というものは無いように思えます。多くの文化で、殺人は倫理に反します。しかし、戦争で人を殺せば英雄です。死刑も多くの国で行われています。一方で、捕鯨の禁止に見られるように、人間以外の動物を殺すことに対する反対が高まっています。恐らく徐々に合法的な殺人は無くなっていき、何代か後には、人類は菜食生活になっているかもしれません。姦淫も禁じられています。一夫一婦制が長く理想とされてきました。しかし、イスラム世界ではそうではないし、多くの妻や夫が婚外性交を行っています。嘘もついてはいけません。しかし、日銀総裁は、公定歩合の変更について直前まで嘘をついていいといわれます。
倫理は、社会と時代の変化に従って変化します。古い倫理では律せられない事態が生まれてくるからです。浮気をして、夫以外の男の子を孕めば、非難轟々です。それでは、子の出来ない妻が、匿名の男性の精子を貰って妊娠したらどうでしょうか。今の社会では非難されていません。しかし子供にとって、一方は父親がわかり、他方はわかりません。どちらが子のために正しいのでしょう。
倫理は約束です。約束は守れない時があります。交通渋滞で重要な会議に遅れる時もあります。倫理に違反したとき、どんな事情があったのか斟酌して、許せるものは許せる社会が、住みよい社会です。そして、倫理は時代と社会の変化に従って変わることもあると知ることが大切だと思います。
大体1950年代なら、夫を置いて妻が四泊五日の外出なんかしなかったでしょう。今では、妻が外出して、家事にあたふたする夫は軽蔑されます。
石川恒彦