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隠居からの手紙

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脳死

  私たちは、生と死の境目を、どちらかといえば曖昧にとらえていました。死の床に医者が立ち会っている場合でもかなり曖昧です。医者は呼吸が止まり、脈を打たなくなると、瞳孔を見て、確実に反応がないことを知ると、「ご臨終です」とか「ご愁傷様です」とか言って、死を知らせます。医者が死を知らせた時が、死の時間ですが、実際には、それよりかなり前に、死を迎えていたと、立ち会っていた人々は感じます。絶対にもう生き返らないと、医者が確信した時が死の時間なのでしょう。それでもごくまれに、呼吸を短時間回復したり、眼が動いたように見える「死者」もいます。

事故にあって即死、という場面でも、体がぴくぴく動いていれば、ある人は彼がまだ生きているように感じますし、別の人はもう死んでいると考えます。昨夜元気に話をしていた老人が、朝起きてこないので見に行ったら、冷たくなっていたという話もよく聞きます。死亡の時間は特定できませんが、老人の死は確実で、だれもが死を受け入れます。法律的にはともかく、死んでから充分に時間がたっているからです。

生と死の境界は、直接つながっているわけではなく、生と死との間に一定の境界域があるように、漠然と考えていた人が多かったのではないでしょうか。

そこに脳死という言葉が現れました。呼吸をしていても脈があっても、脳の活動が止まれば、その人はもう生きていないというのです。その状態になれば、いかなる治療も、彼を生き返えさせることはできないといいます。
脳死を死と認める要請は、臓器移植の必要から来ています。死者の臓器を生者の治療に使う時、新鮮な臓器が求められます。脳は死んでも、臓器はまだ生きている状態が理想です。それが脳死です。事故で死んだ人の臓器が飛び出して、まだぴくぴくしている状態です。脳死は、わたくしたちが人の死と考える時よりかなり早くやってきます。

死は理解できない出来事です。昨日まで元気だった人が、今日には動かなくなり、冷たくなり、そして、腐っていきます。死は人格と肉体の二つへの別れです。体の中に確かにあった人格はどこに行ってしまったのでしょう。肉体と共に滅びたのでしょうか、それとも、どこか別の世界に行ったのでしょうか。滅びていく遺体も、単なる物体とは思えません。憎き敵なら切り刻み辱めました。親しき友なら丁重に扱われました。もはや人格が存在しない遺体に人々は別れを告げ、最後の儀式を執り行います。埋める。流す。曝す。焼く。保存する。それぞれに、歴史と意味があります。

脳死の認定と、それに続く臓器の摘出は、遺族と関係者の死を受け入れる過程を台無しにします。一見生きている肉体から臓器を取り出すことは、どんなに頭でわかっていても抵抗があります。唯一受け入れられるのは、死者がそれを望んでいたと明確にわかる時です。生きた臓器の提供は、死者からの贈り物です。

私には、はっきりしないところもありますが、脳死という状態があるように思えます。それでも私は、死者が生前に脳死に伴う臓器の提供を表明している場合だけに、臓器移植は行われるべきだと考えています。これにより、たくさんの、臓器移植さえ受ければ、助かるはずの人の命が助からなくなります。特に、子供の患者たちから、将来を奪います。患者や家族にとっては、目の前にある御馳走を食べてはいけないと、手を縛られている気持でしょう。しかし、その御馳走を食べることは、他の人々を傷つけることになります。それを食べるのは、生者のおごりに思えます。

ほんの少し前までは、臓器移植の技術はありませんでした。もう少し経てば、自分の細胞から、臓器を作る技術が完成するでしょう。それまで、この過酷な倫理を受け入れて欲しいのです。短期の利益のため、人類が培ってきた文明の一部を破壊することが望ましいとは思いません。

平成21月7月
石川恒彦

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