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隠居からの手紙

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シュレッダー

  本棚を整理して、最後までいったことがありません。たいてい、手に取った本を読み始めて、その日は終わりになり、あくる日になります。今度は別の本を読み始めて、また、作業が中断します。そんなことを続けているうちに、性懲りもなく、新しい本を買ってきて、収拾がつかなくなるのが、例です。

  シュレッダーを買いました。紙を入れると、小さな破片に裁断してくれる機械です。私はどうも、物をためる性分で、手紙でも書類でも、なかなか捨てられずに、引き出しの中や、書類箱の中、あるいは机の上をいっぱいにしてしまいます。そこで一念発起、書類を整理しようとなったのですが、ひとまとめにして、ゴミ収集車に出すわけにはいきません。書類の中には個人情報がいっぱいです。万が一にも、漏れることがあっては、大変です。少し前なら、燃やしてしまったのでしょうが、今の都会では許されません。そこでシュレッダーを買いました。

  シュレッダーを買ったからといって、むやみに書類を突っ込むわけにはいきません。まず、整理分類です。すると本を整理するときと同じになってしまいました。昔の手紙や書類を読んでいると仕事が進まないのです。本のときは、読まなかった本に夢中になってしまうことが多いのですが、手紙の場合は読んでいるはずなのに、全然記憶のないものがあります。

  びっくりしたのは、女性あての手紙の束です。差出人は私の名前ですが、筆跡は他人のものです。一緒にあったメモを見ると、私が子供のころ、病院に入っていた時、大部屋で一緒だった大人に、私が、この手紙を指定の日に順番に出すよう頼まれたのです。封筒を見ると、確かに小さく日付が書いてあります。看護婦に宛名の名前の女性がいたようにも思えます。子供の私が、この大人にからかわれて、手紙を出すようけしかけられたのでしょうか。それとも、私の名を借りて、この看護婦に手紙を出そうとしたのでしょうか。明らかに、中身は恋文でしょう。なぜ、束が残っているのでしょう。私は、一通も送らなかった、不誠実な少年だったのでしょうか、あるいは、恋が成就して、発送する必要がなくなったのでしょうか。あるいはまた、相手に叱責されて、中止になったのでしょうか。記憶がありません。

  シュレッダーにかける前、手紙を開けてみたいと、いささかの誘惑にかられました。また、貼ってある未使用の十円切手がもったいないとも思いました。しかし、そのまま切断しました。少し厚めの封筒でしたので、無理に突っ込みました。もし機械が壊れたら、あの色男のせいです。なぞは永久に消えました。
  記憶とは変なものです。つまらないことをいつまでも覚えていたり、大切なことを忘れたりします。記録された記憶はシュレッダーで消すことができます。頭の中に残っている記憶はなかなか消えずに、思いがけないときによみがえります。それでも、嬉しい事も、悲しい事も、時がたつと記憶が薄れていきます。

  最愛の人を、思いがけないむごさで失った人と対するとき、どんな慰めの言葉もなく、人は自分の無力さを感じるだけです。僧侶が葬儀を督し、追善法要を営むのも、ただ、時が悲しい記憶の力を弱めるのを手伝っているにすぎないと思う事もあります。

平成21月3月
石川恒彦

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