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隠居からの手紙

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職人

 江戸の職人は、宵越しの金は持たないと自慢していたそうです。腕に覚えがあるので、金がなくなっても、いくらでも仕事の依頼があるという自負だったという説と、貯めるほどたくさんの賃料をもらえなかったという説とがあります。江戸の職人は腕がいいばかりでなく、誠実に仕事をしたのは確かだったようで、その伝統が、明治になって、工業化を進めるうえで、大変役立ったといわれます。

  いかなる仕事にせよ、まず、自分に納得のできる仕事をしようというのが、日本の労働者の誇りでした。
ところが最近オヤと思う経験を続けてしました。
久遠林(くおんりん)の通気口の改良工事をしました。久遠林(くおんりん)の裏手の、樹木、泥、石を一時的にどけて、コンクリートで通気口を作りました。完成後、土を埋め戻して、つぎに、植木屋に木を植え戻してもらおうとして、びっくりしました。下請けの職人は、木を文字通り引っこ抜いて、横に積んだだけでした。冬でしたので、少しは生き返る可能性があるだろうと、植木屋は言っていますが、わかりません。木を抜きっぱなしにしておけば、枯れてしまうことぐらい誰でも知っています。監督が咎めても、全然こたえた風はなかったということです。

  妙見堂の水道の配管を変えました。コンクリートを削って、新しい管を入れました。水はちゃんと出るようになったのですが、コンクリートを補修した跡の汚さです。いかにもやっつけ仕事という仕上がりでした。ちょっと前の職人でしたら、左官屋が補修したかと思うように仕事をしていったものです。
また別の水道屋の話です。アジサイ畑に散水ホースを設置しました。町の水道屋ではできないというので、紹介された水道屋が入りました。大きな水道工事屋なのでしょう、10人ぐらいの職人がやってきて、二日ほどの仕事で完成しました。タイマーの使い方を教えてもらい、水が勢いよく出るのを見て、お金を払いました。ところが、後日、勢いのいいのは手前のほうだけで、奥のほうは全然水が行っていないのに気がつきました。さっそく電話すると、若い職人がやってきました。社長に言っておくと言って帰りましたが、それからなしのつぶてです。

  歯医者でも嫌な経験をしました。かみ合わせが悪くなったので、近所の医者に行きました。今までの医者は廃業したので、新しい医者に行きました。医者が何人もいる、ここらでは比較的大きな歯医者です。院長が出てきて、診断と相談を丁寧にしてくれました。治療方針が決まり、治療にかかりました。削っただけではうまくいかなかったので、新しく義歯を作ることになりました。治療中は目をつぶっていたので、気がつかなかったのですが、いつの間にか、若い医者が担当になっていました。新しい歯も具合が悪いので何回か通いました。どうしてもうまくいきません。とうとう、やや声を荒げて、なんとかして欲しいといいました。医者は院長のところへ行って相談しているようでした。戻ってくると、「歯並びは完ぺきです。今日で治療は終わりです」。追い出されてしまいました。院長は、最初と二回目のセールスのとき以来顔を見せませんでした。今日も、リンゴを食べるのに苦労しています。

  たまたま私の運が悪かったのでしょうか。そうとは思えません。仕事に誇りを持つ、いわゆる職人が少なくなってきているように感じられます。他人に言われなければやらない、監督がいなければ手を抜く、金さえ入ればそれでいい。そういう人が増えたとよく聞きます。しかし、彼らだけを責めることはできないでしょう。一方で、濡れ手で粟の金儲けをする人がいれば、片方には、いくら誠実に仕事をしてもうだつが上がらない人がいる。そういう世の中の仕組みに問題があると、しきりに思えます。

平成21月2月
石川恒彦

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