表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > ユートピア(平成21年12月)
出光美術館で開かれている、「ユートピア―――描かれし夢と楽園」展を見ました。
私はもともとカナ文字をやたらに使うことに疑問を持っています。とくに、この展覧会のように、中国や日本の文人と言われる人々の理想の世界を、絵画や陶磁器で展示する時、ユートピアはふさわしくないように思えました。ユートピアと文人の理想世界はちょっと違っているように思えるのです。
ユートピアは、現実には存在しない国ですが、伝説の中で、あるいは人間の到達していない世界で、人間が意識的に作った、あるいは作ろうとした理想世界です。そこには政治があり、道徳があります。それに対して、文人たちの理想の国は、自然そのもの、人為のない国です。たとえば桃源郷です。桃源郷の語は、陶淵明の「桃花源記」と「桃花源詩」に起源をもちます。
昔、漁師が川をさかのぼっていくと、両岸が桃の花でうずまった支流に迷い込みました。源を極めようと、更に進むと、山に突き当りました。よく見ると山には穴があって、そこからかすかな光が洩れています。陸に上がって、狭い穴を通り抜けると、急に視界が広がりました。
豊かな農村であることが一目でわかりました。漁師を見て村人は皆、驚きましたが、事情を話すと家に連れて行き、酒は出すや、鳥は絞めるや、大歓待してくれました。
村人の話によると、彼らは昔、戦乱をさけて、この地に至り、協力して農耕に勤めていたが、いつの間にやら外界との交通が途絶えてしまったということです。
そこは平らな土地が広がり、道が縦横に交差し、家は堅牢で、衣服は漁師の住む国と違いません。よく働き、よく憩い、衣服は粗末ですが、老若を問わず幸せそうです。実りは豊かですが、税金は有りません。楽しみに溢れていますので、小賢しい知恵を働かせる必要がありません。
数日の滞在の後、漁師は故郷に帰りました。後に、もう一度そこを訪れようとしましたが、とうとう見つかりませんでした。
陶淵明は、官界での生活が嫌いで、田園に帰り小地主の生活に戻りました。彼自身が農耕に従事したという記録はないようです。酒を愛し、琴を演奏し、詩を作りました。生活は苦しかったようです。彼の時代は戦乱の世で、重税がありました。
桃源郷の話は後世に大きな影響を与えました。それだけ、人々、特に文人たちにとって、現実の世の中は住みにくいものだったのでしょう。桃源郷は、特別のものがあるわけではありません。正直な人間が正直に働ける土地です。どんなに働いても、重税や戦争、あるいは自然災害に、その成果を召し上げられてしまう世間を厭ったのです。
文人たちの憧れはまた、琴棋書画の世界でした。世俗をさけて、同好の士と、音楽と囲碁と書と絵を楽しむ世界です。しかしここには純然たる階級がありました。文人たちは平等で、酒と清談を楽しんでいますが、彼らに仕える童子や侍女の姿は展覧会の絵にも見えています。
ユートピアには、例えば財産の共有といった、政治経済の理念があります。それに対して、文人の理想世界には政治が欠けています。ユートピアは万人の幸福を考えますが、文人は自分の幸福を考えます。陶淵明が桃源郷に行ったとしても、ただ歓待を受けるだけで、働くことはしなかったでしょう。ユートピアの理想は、理想社会を自ら作ることにあります。文人の理想世界は、そこに行くことに尽きます。童子を連れた文人が深山幽谷に赴く絵がいくつか展示されていました。
この展覧会にカナ文字の名前を付けるのは、どうもしっくりとしません。
石川恒彦