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隠居からの手紙

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新しい中世

  世界経済は成長が止まり、車も家も売れなくなりました。その結果、工場も店も閉まり、失業者の数が増え続けています。テレビや新聞は、職を失った人々の悲惨な生活を盛んに報じています。各国政府は、経済対策に躍起になっていますが、今のところ顕著な効果はありません。再び経済が成長の軌道に乗れば、不景気から抜け出せるといいます。経済成長と好景気は一体なものと考えられています。果たしてそうなのでしょうか。
産業革命以来、経済は、浮き沈みはあっても、全体として見れば、成長を続けています。その結果、祖父の時代よりも父の時代、父の時代より私たちの時代のほうが豊かです。
しかし、その成長も止まりつつあるように見えます。近年の好景気というのは、みなバブルでした。不動産バルブ、ITバブル、金融バブル、私達は見かけの成長に酔いました。バブルがはじければ、私たちはそんなに豊かになっているわけではないと気がつきました。

  面白いことに、アメリカや日本が表面上の繁栄に酔っているとき、インドや中国は実質的な成長を遂げました。世界における国民生産の割合は、新興国に増え、アメリカや日本は低下しました。世界の経済の平準化が進みました。先進国の中産階級が困難に陥り、新興国の中産階級が勃興しました。ただ先進国の金持ちは傷つかなかったばかりでなく、富の割合を増やしました。先進国の富を新興国に移動するにあたり、バブルは金持ちを助け、中産階級に犠牲を押しつけたように見えます。

  インターネットや携帯電話は、だれにとっても必要欠くべからざるものになっています。しかし、そのハードの生産もソフトの生産も、どんどん新興国に移っています。だからといって、アメリカや日本が貧乏になっているわけではありません。新興国の成長のおこぼれで、少しずつではあるが成長しています。問題は、その成長の果実が、資産階級の手に入ってしまったことです。

  今の世の中、貧乏人は、ますます消費するお金がなくなっています。それが不況の元凶です。そうではなく、まず貧乏人が貧乏から脱して、消費を増やすことが大事です。それが呼び水となって、お金が回りだし、好況がやってくる、そういう経済の仕組みを作れないでしょうか。

  やがて先進国の成長が止まることがあるかもしれません。資源は有限です。技術革新も新しい富を生み出さなくなるかもしれません。そうなるならば、新興国の成長も止まってしまうでしょう。私たちの常識では、成長と繁栄は一体なものでした。その常識が通じない世の中が来る予感がします。私たちの将来は、経済成長が止まってしまった中で、どれだけ、幸せを分け合えるかにかかってくるでしょう。

  成長なき繁栄が可能であることを、証明できないでしょうか。その希望がなければ、限られた富を奪い合う将来しか見えません。
中世は成長の止まった時代だったといわれます。それは貧富の差の固定した時代でした。その停滞を破るには暴力しかありませんでした。中世の悲劇はそこにあります。来たるべき成長の止まった時代は、富を分かち合う時代です。量の拡大より、質の充実を図る時代です。新しい中世です。

平成21月1月
石川恒彦

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