表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > クローズドショップ制(平成20年8月)
トリクルダウンということばがありました。レーガン・サッチャー時代のことばで、経済を自由化して、野心のある投資家が儲けると、彼らは儲けを消費に回すので、お金が水滴のように落ちてきて、一般庶民も経済発展の恩恵にあずかり、豊かになるという理屈でした。当時から、疑いの目で見られた言葉でしたが、今では、とんと聞かない言葉になりました。金持ちは儲けたようですが、庶民は豊かになった実感を持てないのですから、当たり前です。お金を儲けた金持ちは、ますます金を儲けようとして、庶民の懐まで狙うようになりました。
サブプライムローン問題は、だんだん儲け口が少なくなった金持ちが、返済能力に疑問のある庶民に、一見低利でその実高利のお金を貸し込んで、もし、元利が返ってくれば良し、返せなければ、担保の土地住宅を売ればいい、不動産の値段は右肩上がりなのだから、と考えたのが始まりだといわれます。案に相違して、不動産の値段は下がり始めました。庶民に住宅を買えるだけの収入がなくなってしまったからです。
日本の景気がなかなか上向かないのは、基礎的消費が伸びないからだといわれます。所得の減った庶民が、命をつなぐだけの消費をするだけで、それから先の、生活の質の向上に、金を使わなくなったのが原因です。非正規社員は男性の19%、女性の55%といいます。日雇派遣に代表される不安定な職業に就く人々の賃金は下がり、それが正規社員の昇給を抑える力になっています。
経済の難しい理論はわかりませんが、経済の基本は、生産する人は消費する人で、消費する人はまた生産する人で、有無相通じて、取引が盛んなら、好景気、取引が少なくなれば、不景気です。消費者となるべき労働者の賃金を抑えて、消費の芽を摘む行為は、資本家の自殺志願にみえます。
そこで、逆転の発想、低収入の労働者の収入を増やす政策をとってはどうでしょう。賃金が増えれば消費が増え、消費が増えれば生産が増え、生産が増えれば資本がもうかるという図です。トリクルダウンならぬスプリングアップです。
まずは、法定最低賃金を上げるのが王道でしょう。しかし最低賃金はあくまで最低です。労働者に賃金交渉能力が必要です。
少し急進的ですが、クローズドショップ制を考えてはどうでしょう。労働組合員でなければ、会社は人を雇ってはいけないという制度です。そして、組合に人材派遣の業務も許可します。人材派遣組合の設立です。これを単純労働に導入すればいいと思うのです。
経営者は賃金の高騰を恐れて反対するでしょう。しかし、自由市場では、経営に壊滅的な賃金高騰は起こりません。経営者はなるべく賃金の安い組合を選ぼうとするでしょう。労働者は少しでも高い賃金を勝ち取る組合を選ぼうとするでしょう。もし経営者が理不尽な低賃金に固執すれば、人を雇えません。もし労働組合の力が強すぎれば、企業はつぶれます。自然に、合理的な賃金が決まります。
派遣会社も、派遣労働者の賃金が高いほうが手数料収入が増えるので、派遣社員の賃金の上昇に勤めるという議論があります。しかし、現状は、低賃金の労働者を大量に派遣するほうが利益になるようです。派遣会社の経営に登録労働者は口をはさむことはできません。組合の運営は、組合員の議決によって決まります。組合員の賃金を含めた福利厚生の上昇は労働組合の利益にかないます。
石川恒彦