表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 間の悪さ(平成20年5月)
なんて間が悪いんでしょう
人生すべて順風満帆の人もいれば、何か不幸ばかり背負う人もいます。一生を見ても、いい時と悪い時が、努力に関係なく、やってくるように見えます。
馬鹿に朝早くお参りに来る青年がいます。酒を飲んでいる時もあって、お寺の門が閉まっていると、塀を乗り越えて入ってきます。別に害はなく、門があくまで、庭のどこかにたたずんでいます。注意はしますが、門をあけてやると素直に帰っていきます。名前も仕事も聞いたことはありません。
それがどういうはずみか、先日、妙見堂正面のガラスを割ってしまいました。留守番のおばさんが驚いて、110番しました。おばさんが、「そこに座っていなさい」と、少しきつく言うと、おとなしくパトカーの来るのを待っていたそうです。青年は警察に連れて行かれました。
少しすると若い警官がやってきて、「警察としては、彼を牢屋に入れるつもりです。被害届をだしてください。」と言います。お寺としては被害届は出しますが、彼を罰することは望んでいませんと、答えました。いずれにしても、私の息子があとで警察に赴くことになりました。
警察に行った息子から電話がありました。警察はやる気満々で、どうしても彼を裁判にかけるつもりだ。器物破損罪は申告罪で、被害届と告訴状が必要だから、ハンコを押すように言われている、と。私が告訴するつもりはないといいますと、息子はそのように警察に話したようです。ところが警察は引き下がらず、息子からは何度も電話がありました。私は意志を曲げませんでした。
年取った警官が寺にやってきました。大変丁寧に、告訴するよう説得されましたが、私は、数時間でも警察にとどめられれば、彼にとって、いいお灸だから、これ以上、彼を責める必要はないといって、断りました。老警官は、告訴状と被害届は一体のものだから、被害届も取り下げてもらうといって、帰って行きました。来たときの丁寧さはなくなっていました。青年は解放されたようです。
数日後の早朝、玄関の戸をたたく音がします。息子が出ると、あの青年でした。また酒に酔っていて、塀を乗り越えてきたようです。手に菓子折を持っていて、それを差し出します。息子が、もうやるんじゃないよといって、門を開けてやると静かに帰って行ったそうです。私は彼が謝りに来たと聞いてホッとしました。根はいい青年、ガラスを割ったのは弾みと確信しました。
するとまた玄関に人が来ました。警官です。音もなくパトカーが数台やってきていました。犬を散歩に連れていた通行人が、お寺の塀を超える青年を見て通報したようです。
なんて間が悪いんでしょう。青年はもう現場を立ち去った後でした。警官隊に彼が謝りに来た事を話しました。彼らはどうにもそれが不満の様子でした。必ず警官たちは青年に接触するでしょう。その時、青年の心はどう動くでしょう。それを考えると暗澹たる気持ちになりました。
石川恒彦