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隠居からの手紙

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親方

高校生のころ、相撲の型を教えてもらったことがあります。相手は友人の友人の高校生で、国体の候補選手だったと記憶しています。互いにズボンのベルトをつかみ、四つに組みました。相手が技をかけてみろというので、動こうとしました。ところが、前にも後ろにも、右にも、左にも動けません。彼は、特に力を入れている様子がありません。それでも動けませんでした。私はひょろっとした60キロ、相手はがっちりした100キロで、そもそも勝てるわけがないのですが、その時、私は相撲の技のすごさというものに驚きました。彼が片方のかいなを返し、もう一方で絞ると、私はもう何もできませんでした。

実技はあきらめて、相撲の話をいろいろ聞きました。彼の高校は、都会ではそこそこだが、北海道や青森の高校生には、全然かなわないこと。高校チャンピオンでも、相撲部屋に行けば、幕下に投げ飛ばされてしまうこと、その幕下も、横綱には稽古もしてもらえないくらい力の差があること。

その差は、もちろん天分にもよるが、なんといっても、稽古の質と量だと、彼は妙に力をこめて話しました。文字通り、稽古土俵に血を流して、這い上がっていくのが相撲だと自慢そうに話しました。彼自身はといえば、彼は自分の甘さをよく自覚していました。

最近、相撲部屋で、弟子を殺してしまった事件がありました。猛稽古に耐えられなくなった弟子に制裁を加えた結果だといわれています。誰でも猛稽古に堪えられるわけではありません。それを叱咤激励して、稽古に向かわせるのが、親方の仕事です。しかし、その叱咤激励が暴力であっていいはずがありません。ましてや、稽古に名を借りた制裁など、もってのほかです。

人間は弱い存在です。どんなに強い意志を持っているつもりでも、困難な現実の前にはひるんでしまいます。その時、一人ひとりの資質を見極め、素質があると見込んだものには、それを乗り越える動機付けができるのが、優れた指導者というものでしょう。暴力は百害あって一利ありません。

それにしても不思議に思えるのが、親方の態度です。部屋にあっては絶対の権力を握っている親方は、いったん事故があれば、全責任を負うべきです。ところが、今回の親方は、責任を自分の弟子たちに押しうけようとしています。事の重大さに動顛しているのかもしれません。今からでも遅くはありません、すべては自分の監督下で起きたことだ、目が届かないところで行き過ぎがあったかもしれないが、それは私の指導に問題があったからだと、弟子たちをかばえないのでしょうか。前途ある若者たちが、変な親方のもとに預けられた結果、前科者となるのは、あまりに不便です。

相撲を志す人が減ってきているといいます。相撲自体は面白いスポーツです。職業としての相撲を選ぶ人が少なくなってきているのは、相撲界の暴力的体質を、さらには弟子を使い捨てにする無責任な体質を、若者たちが敏感に感じていることにもあるのではないでしょうか。

平成20月3月
石川恒彦

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