表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 消える店(令和6年4月)
池上駅前のエノモトが店を閉じました。これで駅前の商店街に残る昔からの店は数軒になりました。エノモトの入り口に貼ってある閉店のあいさつでは、調理場が古くなったからとありましたが、繁盛していた店ですので、ほかの理由がありそうです。
エノモトは戦前からあった洋菓子屋で、嫁に行った妹が訪ねてきたとき「エノモトが辞めたよ」と、告げると「あら、あの不味いケーキ屋さん」と、答えるような店でしたが、近年は頑張って、都心の店に負けないようなケーキを出していました。
喫茶部もあって、裏手に小さな庭があり、季節の花を見ながらコーヒーを飲むのが楽しみでした。小腹の空いた時には、たまごサンドを頼みました。ふんわりした卵がたっぷり入っていて気に入っていました。
駅から少し離れていましたが、近藤豆腐店の閉店にはがっかりしたものです。文字通りの手造りで、贔屓の客も多く、遠くから車で買いに来る人もいたようです。息子さんが後を継がないと聞いていましたから、いつかはやめると思っていましたが、実際に閉店となると困りました。スーパーの豆腐はどうも口に会わなくて、息子の嫁に頼んで、遠くまで買いに行ってもらうようになりました。しかし、いつもとはいかないので、大量生産の豆腐を食べているうちに慣れてきました。それでもたまに手造りの豆腐を買ってきてくれると大喜びです。晩酌が進みます。
だいぶ前ですが、篠沢金物店の閉店にも困りました。ご主人は体に障害のある方で、一日中、店の奥に座っていましたが、商品知識が豊富で、鍋釜から大工道具に至るまで、彼に相談して買った時に失敗した記憶がありません。ご主人が亡くなると店先で働いていた奥さんが店を閉じてしまいました。
池上に限らず、個人商店は消えていく運命にあるようです。それが地方で起こると、シャッター街となるのでしょうが、池上は東京のはしくれで、個人商店がなくなると、そこに新しい店舗がすぐに入ってきます。個人経営の店もありますが、フランチャイズの店のほうが多いようです。なんとなく味気ない気がします。
池上は、駅前とエキナカに食品スーパー3軒、駅前にコンビニ1軒、少し離れて住宅街の外れにコンビニが数軒あります。毎日の生活には困りませんが、金物や洋服を買う時は、車が必要です。
町中華が見直されています。「中華料理店」や「なんとかラーメン」ではなく、近所のラーメン屋のラーメンやチャーハンが意外とおいしいというわけです。そういう店は概して汚く、オヤジが狭い調理場で一人で汗を流して働いています。それでも客をよく見ていて、2,3度いけば「へい、まいど」と、迎えられます。性格もまちまちで、客の注文は何でも聞いてくれるオヤジもいれば、うちはそんなことはできませんとけんもほろろのオヤジもいます。それがいいと顧客が付きます。
要は客と店の親しさです。個人経営の店がなくなっていくのは、採算ではなく、後継問題が一番の理由なようです。後継者を育てる何かうまい方法を見つけて、うまい豆腐を食べ続けられないものでしょうか。
石川恒彦