表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 民力(令和6年3月)
日本の国民総生産がドイツに抜かれ、世界第4位に落ちたと騒がれています。やがてインドにも抜かれて第5位になるだろうといわれています。経済力の低下は国力の低下であり、国力の低下は、世界に置ける日本の影響力、存在感の低下につながるというのです。
果たしてそうでしょうか。日本がアメリカに次いで国民総生産が2位であったときにも、影響力はそれに見合っていなかったように見えます。ロシアのプーチン大統領に安倍総理が散々コケにされたことは今や明白です。何年もかけてやっと条約を作り上げたTPPも、あっさりトランプ大統領に反故にされました。日本は抗議することさえできませんでした。
ところが、海外を旅行するとわかるのですが、日本は意外に尊敬されています。絶望的な敗戦から立ち上がったことを話題にする人がいます、自働車や電気製品の品質には信仰に近い信頼があります。日本の漫画や小説のフアンはたくさんいます。日本に旅行したことのある人は、日本の清潔さをたたえます。日本人の親切と勤勉は伝説的です。中には、外科医の腕をほめる人までいます。
国民総生産が4位に下がったといってどこが悪いのでしょう。
問題は個人の所得だという人もいます。一人当たりの国民総生産を比べると、日本は1位のルクセンブルグの4分の1しかありません。上位の国は、たいてい金融大国か資源大国です。金融が盛んで資源もたっぷりあるアメリカは7位です。日本はその半分に満たない32位です。
国民の幸福度という調査があります。幸福は非常に主観的なものですから、客観的に正確に測ることはできません。それでも、だいたいの傾向はわかります。それによると北欧の国が上位を占めています。日本は62位です。タイや韓国よりも下です。北欧諸国は手厚い社会福祉制度による安心感が幸福感に貢献しているようです。タイや韓国は、発展する明日に希望があるのではないでしょうか。日本が下位に沈むのは、失われた30年といわれた閉塞感や、削られる社会保障による将来への不安、貧困層の拡大に伴う格差の拡大、政財界における不正の横行、大掛かりな詐欺事件の増大等々、色々ありそうです。
日本がとるべき道は、世界における存在感を高めるより、まず国民の幸福度を上げることだと思います。親切で勤勉な国民が報われる社会が大切です。日本にはもともと、世界を指導する哲学が不在でした。スペインのキリスト教、イギリスの産業革命、アメリカの民主主義、あるいはソ連の共産主義といった、世界をこれで指導しようという、いわば帝国の哲学が日本には存在しません。
国力より民力です。教師、介護士、保育士、司書、学芸員など、社会を支えている人々の待遇改善は必至です。大企業への財政援助より、貧困層への給付に力を注ぐべきです。社会保障制度をしっかりしたものにすることも大切です。何より大切なのは、国民の自由な精神を涵養することでしょう。現在はともすれば、主流に異なった思想や発想が排除される傾向が強いように見えます。それが閉塞感です。世界の大国においても、その傾向は強まっています。自由の国日本が、未来を切り開いていくのを夢見ています。
石川恒彦