表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 核兵器(令和4年6月)
ウクライナ戦争が始まって、ロシアのプーチンさんは、核兵器の使用をほのめかします。お隣の金正恩さんは、核弾頭搭載可能なミサイルの実験を繰り返します。核兵器について、もう少し知ろうと、本を読んで考えさせられました。
わたくしたちは、広島長崎への原爆投下が戦争を終わらせたと思っています。実際は、そうではなく、参謀本部は、原爆投下後も本土決戦に最後の運をかけるつもりだったようです。ソ連が参戦して、初めて降伏を考えたといいます。
核兵器は巨大な破壊力を持っています。しかし、それによって相手を屈服させることができるわけではありません。北朝鮮が、強力な核爆弾を日本に打ち込んで、佐渡島をよこせ、一兆ドル払え、あるいは、美女一万人をよこせといっても、日本が言うことを聞くとは思えません。軍部は日本も核兵器を持とうと騒ぐでしょうが、大急ぎでアメリカから輸入して、北朝鮮に謝らなければ打ち込むぞと脅しても、謝らないでしょうし、たとえ打ち込んでも謝らないでしょう。核兵器は問題解決の切り札にはならないというのが、軍事専門家の常識のようです。
さらに、核兵器は、その破壊力の故に、使えない兵器だといわれてきました。長崎以来、実戦では使われていません。そこで保有国は、使えるように、小型化に励み、使える兵器にしました。それでも、被害を考えると、なかなか使えません。それに、核保有国に向かって使えば、核で反撃を受けるでしょうから、それは、人類の消滅に終わりかねません。
日本はアメリカの核の傘に入っています。日本へ他国の侵略があったとき、核使用も辞さずに日本を守ってくれることになっています。そのために沖縄をはじめ日本各地に軍事基地を提供しています。しかし、敵の第一撃による悲惨な結果を見れば、アメリカの大統領が核で反撃することに躊躇するかもしれません。核兵器は、使えない兵器です。
それでも、核兵器を持とうと考える国はたくさんあります。核兵器があれば、国の地位が上がり、敵に対して有利な立場に立てると思っているのでしょう。こういう、いわば核小国が、衝動的に核兵器を使う場面はありうることです。
歴史家のなかには、人類は、便利になる発明発見をしては、新しい不幸を呼び込んだという人がいます。ことばを獲得して、人生に悩むようになりました。武器を手に入れて、喧嘩は壮絶になりました。農耕が始まり、貧富の差が拡大しました。
人間は一度手に入れた便利なものを、それがどんなに危険でも、捨てられないようです。核兵器だけではありません。核の平和利用といわれる原子力発電も危険含みです。チェルノブイリ原発の事故も、福島の事故も、運転員の過誤もあったが、そもそも計画設計に欠陥があったといわれています。人間に完璧な設計、完璧な運転は期待できません。常に悲惨な大事故の可能性が残っています。それでも新しい原発が、世界中で計画されています。
全面的な核廃絶こそ賢い選択です。しかし、残念なことに、世界がそうなる可能性は、ごく小さいように見えます。核の危険を啓発し、核の使用を少しでも抑えるよう叫ぶ以外に道がないのが、悲しい現実のようです。
石川恒彦