表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 三代目(令和3年11月)
選挙を前にして、財務省の矢野事務次官が、どの政党もバラマキ思考で、たまり続ける財政赤字を考慮していないと、文藝春秋誌に投稿して、話題になりました。素人考えでは、もっともの指摘と思えましたが、政党からの批判は、ただ、選挙前に官僚が余計なことを言ったというもので、まともに矢野氏に反論した政党はなかったようです。
世の中は広いもので、インフレにならなければ、財政赤字の膨張は問題ないと主張する経済学者もいるようです。しかし、日本の政治家たちがそのような理論に立って、財政の膨張とバラマキを主張しているようには見えません。ただ選挙民の関心を買おうとしているだけのようです。
明治維新によって身分のくびきから解き放された日本人は、富国強兵を旗印に、懸命に働き、近代化を遂げました。強兵に失敗した第二次世界大戦のあとは、平和主義、自由主義を標榜して高度経済成長を遂げました。ジャパンアズナンバーワンといわれたころが絶頂でした。
ところがそれからがいけませんでした。自然災害や海外からの金融危機、それに新しい産業の発達に乗り遅れるなど、日本は停滞の時代を迎えました。政府も民間もその危機を乗り越えるべく、公債を発行して、市場にお金を投入しました。しかしそれは、下り坂を転げ落ちるのをかろうじて防いただけだったようです。朽ちかけた会社が残り、商業を例外に、新しい世界的企業は生まれませんでした。
売り家と唐様で書く三代目。私たちは、先人が築いた財産を食いつぶしているのではないでしょうか。三代目の若旦那は、誰からもチヤホヤされます。暖簾の信用で、お金も借りられます。でも、やがては、財産を蕩尽して、家を売る羽目に陥ります。
わたくしたちは、バブルの時代の夢を追い続けています。ここは、夢を覚まして、汗を流す時です。何十年も日本をけん引した優良企業も、時代に合わなければ、退場させねばなりません。刻々変わる世界の産業構造の中で、活躍できる企業を育てなくてはなりません。簡単ではありません。艱難辛苦をいとわない人材が必要です。彼らが活躍できる環境を提供しなければなりません。痛みを伴います。痛みを乗り越えた時に、日本の未来があります。
政治家も国民も、痛みを恐れ、バラマキに期待しています。それでは三代目の若旦那です。
奇しくも現在の国会議員は、二代目三代目が多くなっています。なんとも安直です。優秀な方もいるのでしょうが、世襲は停滞の元です。国民も勇気を出して、苦しい努力を説く初代政治家を選ぶような発想の転換が求められています。
これからの世界がどう変わっていくのか、だれにもわかりません。既存の考えを押し付けるのが、一番の愚策です。自由な発想を尊重しなければなりません。失敗のほうが多いでしょう。しかしその中から輝く事業が生まれるのを期待する以外に方法はありません。目先の利益だけを考えてはだめです。研究や教育にも投資が必要です。何を研究するか、何を教えるか、政治が決めるのは間違っています。家業には向かないとわかった三代目には、小遣いを制限して、自分で道を見つけさすべきです。
石川恒彦