表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > アジサイ(令和2年6月)
毎朝、妙見堂に行く道は決まっています。照栄院の門前、久遠林の門前で合掌してから、女坂を上って、本門寺の大堂前に出ます。大堂のお祖師様に一礼、五重塔のお釈迦さまに一礼、妙見堂に着きます。お地蔵さま、チャンギー刑死者の碑、樹老人に頭を下げてから堂内に入ります。約15分の道のりです。
いつも同じ時間ですので、行き会う人といつの間にか顔なじみになりました。「おはようございます」とあいさつするぐらいで、名前も知らない方が大部分です。お参りの人、犬の散歩の人、駆け足の人、ラジオ体操の人など、いろいろです。
先日、犬の散歩の婦人に声をかけられました。変わった人で、冬の間は、子犬が寒かろうと、懐に抱いて散歩していました。
「お上人の庭には、原種アジサイがあるそうですね」
「え」
「なんでも、日本に二本しかないと聞きましたよ」
「そんなことはありませんよ」
アジサイは、日本原産で、ガクアジサイを母種として、現在の園芸品種ができたといわれます。しかし、そのガクアジサイの原種は判りません。そのうえ、ガクアジサイからアジサイに発展した道筋も未知の部分があるようです。
妙見坂の両側に、30年ほど前から、アジサイを植え始めました。ふつうは、一面に同じ色のアジサイを育てますが、それでは風情がないと、多様な色や形の苗を植えました。ところがアジサイはわがままで、土地を選びます。土地が合わないと、目指す色になってくれないのです。それに土地や日差しによって、成長も違います。
結局、意図した姿とは違うアジサイ畑になってしまいました。土地に合った風景になったともいえます。畑の中には、退化したのか、大きくならず、花も貧弱な木があります。たぶん、それを見て、知ったかぶりの人が、原種だといったのかもしれません。
もう一つ思い当たるのは、笹部桜です。これは、笹部さんという桜愛好家が見つけた品種で、笹部さんの関係者が、その接ぎ木苗を池上本門寺に寄付してくださいました。本門寺では、それを御廟所の前に植えましたが、その時余った苗が川崎の安立寺という寺に行きました。あまりに綺麗な花なので、安立寺から穂木をもらって接ぎ木をしました。無事活着しましたので、それを照栄院の駐車場に植えました。毎年、素敵な花を付けます。
笹部さんの発見した原木は、阪神淡路大震災で、被害を受けて枯れてしまいました。また、御廟所の前の笹部桜は、どうも元気がありません。そこで、安立寺と照栄院の笹部がほんものだと誰かが言って、それが、いつの間にかアジサイの原木という話になったようにも思えます。
さくらの季節はとっくに終わり、今はさつきが盛りです。アジサイも、柏葉や墨田の花火が咲き始めています。どの品種も、原種どころか、何代もの人が交配を重ねた園芸種です。日本原産のこの花は、日本の梅雨空によく似合います。
石川恒彦