表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > さて、どうしよう(令和2年3月)
日本中のお寺が困っていると思います。春の彼岸法要を例年通り催すかどうかです。新型コロナウイルスの流行で、集会を自粛するように求められています。大規模な集会というわけではありませんが、どこのお寺でも、本堂がギュッと詰まります。照栄院には、毎年200人ほどの方が参列されます。肩と肩が触れ合うように座っていただきます。それに、まだ暖房中で、窓は締め切っています。万一、新型ウイルスの保菌者がおられたら伝染は避けられないでしょう。とくに、韓国での流行は、新興宗教の集会に始まると伝えられては、お寺としても考えずにはいられません。
彼岸は日本仏教独特の伝統行事です。暑さ寒さも彼岸までといいます。昼と夜の時間がちょうど同じになる日(春分、秋分の日)は、季節の変わり目です。その日を、迷いのこちら岸(此岸)から悟りの向こう岸(彼岸)に渡る日に見立てたのです。何とも自然と生きる日本人にぴったりな行事だと思います。休み難いのです。
私たちは、目に見えないものの力を恐れます。地震・津波・台風など、天災は、私たちの意思や力に関係なくやってきます。いつやってくるかわかりません。その場に遭遇した人々には、等しく被害を及ぼします。立ち向かうことができないので、避難するのが最善の道です。天災は、人間の力では無くすことができません。
伝染病は少し違います。いつやってくるかわからないのは天災と同じです。しかし 既知の伝染病なら対処できます。伝染の仕方はわかっているし、治療薬もワクチンもたいていは開発されています。発生に気がつき、予防措置をとれば、感染を避けることができます。
新型の場合は違います。まず未知の伝染病であることに気がつかねばなりません。そして、正体を突き止め、手探りで、予防法、治療法を探していくことになります。新しい伝染病の発生初期に、感染の危険を冒して、それに立ち向かう医療関係者には頭が下がります。
私の子供のころ、日本脳炎が流行りました。日本脳炎は発症した時には、7割の人がすでに脳を損傷していて、直しようがないという恐ろしい病気です。私の近所でも感染者が出て、大騒ぎになり、家は真っ白になるまで消毒液をかけられ、家の人も真っ白でした。しかし、日本脳炎は、人から人への感染はなく、豚の持つウイルスが、アカイエカを介して人間にうつるので、蚊の発生場所を消毒することのほうが大切です。そのうちに効果的なワクチンが発明され、いつの間にか日本脳炎の患者を見なくなりました。豚は今でもこのウイルスを持っていますので、油断なくワクチンを打つことが勧められています。
計算したところ、中国でのこの新型コロナウイルスへの感染者は、10万人に6人、韓国では3人、日本では一人に満ちません。意外に低く見えますが、これは国を挙げての防疫努力の結果です。
少し手を緩めれば、爆発的な流行を招く可能性が残っています。自分は大丈夫だろうという慢心が、全体の悲劇を生むこともあります。
そう考えて、住職もだんだん、今春の彼岸法要中止に傾いてきたようですが、今日は閏の2月28日です。3月20日の彼岸中日まで3週間あります。下火になってくれる希望も捨てきれないようです。
石川恒彦