表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 便利は不安(令和元年8月)
今考えると、あれは神業でしたね。私の若いころは、鉄道の切符は窓口で買いました。窓口の駅員に行き先を告げると、駅員は、小さな枠が縦横に規則正しくついている棚から、瞬時に目的地の切符を取って、ぶっきらぼうに、「〇〇円」。お金を渡すと切符をくれたものです。棚に付いた切符を入れる小さな枠は、何百とあったと思います。大したものでした。ぶっきらぼうでも、不親切というわけではありませんでした。電車が来るホームの番号や乗り換えの駅の名前など、聞けば、いやな顔などせずに教えてくれました。
やがて自動販売機で切符を買うようになりました。初期の機械はわかりにくくて、わざわざ窓口に並んで買う人も随分いました。今でも、高いところにある料金表を見て、券売機で切符を買うのは面倒です。最新の機械は、販売機の画面で目的地を探せますが、たまに使うと戸惑います。
;画期的だったのは、スイカカードの出現です。カードに入金さえしてあれば、カードをかざしてホームに行け、降りる駅でまたカードをかざせば、自動的に料金が引き落とされます。東京以外のJRや、私鉄も違った名前のカードを発行していて、相互に認め合っていますので、スイカを利用できます。そのうえ、この頃は、スイカで買い物ができる店も増えてきたので、ますます便利です。
カードにもいろいろあります。スイカのように、使うとすぐ代金が引き落とされるのや、クレジットカードのように一定の日に、銀行口座から引き落とされるものがあります。また、ショッピングセンターや、チェーン店が出すカードもあって、こちらは、買い物をすると何か特典がつくようになっています。わたしは極力カードを少なくしようとしています。それでも、買い物をしてカードをお持ちですかと聞かれ、ないことを告げるとき、何か損をした気がします。
なんでもカードの世の中になったと思っていたら、今度は、スマホの時代になるようです。スイカもモバイルスイカといって、スマホと連動できるようですが、ガラケーの私には関係ありません。
中国発の電子決済は大変進んでいて、スマホに入れたQRコードを見せるだけで、支払いが終わるのだそうです。スマホ一台持っていれば、現金もカードも中国では必要ないといわれています。
スイカにしろ、中国のQRコード決済にしろ、いちいちの取引は中央のコンピューターに集められ、処理され記録されます。その記録を分析する技術が発達して、社会や個人の行動や好みがつかめるようになっています。少し不安ではありませんか。
電車で水道橋に行き、岩波ホールでインド映画を見て、帰りにそばを食べた。などと記録されてもそれだけでは無意味かもしれません。しかし、それが重なって、私個人の行動に何か意味を見つけられたらどうでしょう。数年前、友人が変わった名前の写真集を出したというので、ネット書店で注文しました。そのあくる日から、色っぽい名前の写真集の広告が、画面に現れました。
石川恒彦