表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 同感(平成19年3月)
2月の寒い夜、昔の友人に会いました。結婚披露宴の後、タクシーを待っているときでした。黒塗りの運転手付きの車に乗り込もうとしていた男が、僕に気がついて寄ってきました。
「石川さんでしょう?」一瞬戸惑いましたが、すぐ思い出しました。一杯飲むことにしました。 彼とは、私がロサンゼルスで働いているときに知り合いました。彼は留学生でした。妙に気があって、時々、中華街で一緒に夕食を取りました。あるとき、彼は私を、A夫人の家に連れて行きました。Aさんは日系二世で、この町にやってくる日本からの留学生の面倒をよく見るので、有名な方でした。
後でわかったのですが、彼はA夫人の家に出入りしていた、B子に一目惚れしていました。私を連れて行ったのは、自分一人ではどうしようもないが、私と一緒なら、なんとかなりそうだと、考えたからだったようです。
B子は美人でした。それだけではなく、ピアノの名手で、英語も抜群でした。少し気の強いわがままところがありましたが、それを補う美貌と才能に恵まれていました。
彼に遅れること数ヶ月、日本に帰ると、二人の結婚披露宴に招かれました。それは盛大なものでした。しかし、間もなく二人は離婚しました。私も二人とは疎遠になりました。
彼と久しぶりに飲みながら、二人は慎重にB子の話はさけていました。もう帰ろうかと考え始めたとき、彼が唐突に、しかも何でもない話題にであるかのように、B子のことを聞いてきました。
私は友達から聞いた彼女の近況、再婚しなかったこと、相変わらず美くしいこと、わがままはかわらず、ただ、時々、世の不幸を一人で背負っているように話すこと、等々を伝えました。
少し時間を置いて、彼が話しだしました。「彼女はいい家庭を作ろうと一生懸命だった、完璧に仕事をこなしたと思う。だけど僕のことを何か理解していないなと、感じるようになったんだ。結婚して間もなく仕事の上でひどい悩みができた。彼女は励ましてくれたよ。だけど、僕が何をどう苦しんでいたのか、興味を示さなかったんだ。あるとき、僕がふさぎ込んでいるとき、彼女が何かを話しかけてきた。だけど僕は返事をしなかった。そしたら、こんなに一生懸命にやってあげているのに、その態度は何だと、詰問されたんだ。それが終わりの始まりだった。
今考えると、彼女も僕をわかってくれなかったけれど、僕も彼女を理解していなかったと思う。心が通い合っていないのが嫌だったんだ。若かったからね。今ならもう少し、うまくやれたかもしれない。」
石川恒彦