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隠居からの手紙

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靖国神社 2

 靖国神社を国家護持しようという機運があります。また靖国に代わる慰霊施設を作ろうという動きもあります。私にはどちらも無理に思えませす。

  靖国神社は戦後国家の手を離れて、宗教法人として独立しました。そこで、靖国神社は政府の意図を離れて、独自の教義と祭式を発展させました。これは、国家護持に戻ったとしても、国の要請によっても変えられません。自立した宗教は、庇護を受けるためとは言え、その基本の教義を変えることはあり得ません。もし強制するなら悲劇が生まれます。歴史は多くの前例を持っています。かって靖国神社を国立にもどそうとして、うまくいかなかったのも、教義問題が一つの原因でした。それが宗教なのです。

  そこで、靖国に代わる施設の建設が課題となっています。しかし、あの大戦争、その加害と被害、そして敗戦。その後の歴史を見れば、すべての国民が納得し参拝できる施設は夢のまた夢です。無理に作ったとしても、靖国神社の「集客力」には遠く及ばないでしょう。

そもそも死者を弔うという行為そのものが、宗教的行為です。宗教の原点といえるかも知れません。政教分離といいます。国は宗教に関わっていけないというので、「無宗教」の慰霊祭が行われます。しかしそれは宗教そのものなのです。

  そこで、政府は死者の慰霊は一切行わないとすれば、それは現代政治思想の最先端を行っているともいえます。慰霊は宗教団体に任されます。どの宗派が行ってもかまいません。しかし、歴史は靖国神社を自然な選択としています。今後も、靖国神社が、国民の大多数の人々が納得する祭式と教義を提供できるなら、現在の地位を保ち続けるでしょう。 その代わり、靖国神社の教義の故に、政治的、外交的制約を受けます。外国の元首はおろか、天皇陛下すら参拝が難しいのが現状です。

  陛下の参拝のためには、どこか由緒のある神社が、無名の戦死者を祭神に加えられないでしょうか。そこに陛下が参拝するには問題が生じるとは思えません。同様に、仏教、キリスト教、イスラム教等の代表的寺院が、何らかの形で、祭式を提供できれば、それぞれの宗教を信じる元首や使臣ははそこを参拝するでしょう。  一億一心から一億一億心。互いにその思想信条を尊重しあう社会、それこそ成熟した、かつ、愛するに値する国なのではないでしょうか。

平成18月12月
石川恒彦

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