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隠居からの手紙

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日露戦争

今年は日露戦争から100年だというので、色々な論評を目にします。

 多くの論者は、この戦争の原因や、日本の勝利の理由、あるいはその影響について紙面を費やしています。しかし、この奇跡の勝利を、どうして日本が、無駄にしてしまったのか、その考察が少ないように思えました。勝利に酔った日本は、たった35年後には、大敗戦の憂き目にあったのです。

  私はその遠因をタウンゼント・ハリスに求めます。アメリカ総領事ハリスは、自分もアメリカも、他の列強諸国と違って、公明正大だと、幕府に説きました。そして、日米修好通商条約を結ぶことに成功しました。これが悪名高き不平等条約でした。

  明治政府の外交努力の大部分は条約改正に費やされました。思い知らされたのは、条約改正のためには、日本が、経済的にも軍事的にも強国でなければならないということでした。強国となるには、海外進出が必要と考えられました。当時は植民地主義の時代でした。

  そして、日露が衝突することになりました。日本の勝利は、新しい時代の夜明けでした。有色人種がヨーロッパ人に勝ったのです。苦しむ植民地の人々に希望を与えました。植民地主義の終わりの始めでした。

  日本はそれに気が付きませんでした。植民地主義に突き進みました。欧米と平等になることに心を奪われ、日本が欧米と平等になれるなら、植民地諸国の人々も平等になれるのだとは、思いが至らなかったのです。   もし、ハリスが本当に公明正大な人物であったり、幕府の役人にもう少し国際条約に通じたものがいたら、不平等条約は結ばれなかったでしょう。その時、日本の歴史はどうなっていたのでしょう。

平成17年7月
石川恒彦

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