表紙 > 隠居からの手紙 > バックナンバーもくじ > 三惑(平成16年6月)
私の寺の密かな自慢は腐葉土作りです。境内からは毎年大量の枯葉が出ます。以前はそれを燃やしていました。しかし、あまりにもったいないので、20年ほど前から、それを積んで、腐葉土を作るようになりました。はじめは落ち葉のごく一部を腐葉土にしていたのですが、ダイオキシンが騒がれるようになり、たき火が禁止になりましたので、今では、ほぼ全量を腐葉土にしています。植木屋さんが入ったりして、手に負えない大量の葉が出たときは、ゴミ回収に出しています。
年に数回切り返し、自然に発酵した、いい腐葉土ができます。それを春になると、駐車場に運んで、近所の人に無料で分けています。
今年も黄金週間のあと、駐車場に積みました。ビニール袋を手に持った、老若男女が次々に訪れて、土を持っていってくれます。
なかに夕方、一輪車を押して腐葉土を取りに来て、数回往復されたかたがいました。明くる朝、本堂を開けると、もう彼は来ていて腐葉土を運んでいます。お勤めが終わっても、まだやっています。独占は面白くないので、法衣を着替えて、駐車場に行き、「みんなに楽しんでもらいたいから、そろそろ遠慮して下さい」と告げました、彼は聞こえぬふりをしていましたが、繰り返すと、怒気を含んだ声で、「もうやめるよ」といって、最後の一杯をたっぷり積んで帰っていきました。
私はこれは三惑だなと思いました。貪(むさぼり)、瞋(いかり)、痴(おろか)を三惑といいます。彼は欲に駆られて、おそらく必要以上の土を運んでいます。注意されると思い通りに行かないので怒りました。彼は貪っているときも、怒ったときも幸せではなかったはずです。根本に彼の愚かさがあります。自分のやっていること、お寺が腐葉土を作ってみんなに配っている意味がわからないのです。
他人を見て、その愚かさに気づくのは易いことです。さて、自分のこととなると自信が持てません。
石川恒彦